2025年8月3日日曜日

Vol.305「初・新島日記」の巻

  2025年7月も終わり、毎日暑い日が続きますがいかがおすごしか。
夏の疲れは溜まりますな、日焼けして肌が時間差で黒くなっていく時も体はエネルギーをつかってるんだろうね。年々暑くなってるように感じる夏に気が抜けません。気をつけていきましょ。

 とはいえ一夏に一度は夏らしい遊び、太陽や海に抱かれて心に焼き付けたいもので、今年の夏は新島へ行ってきました。新島の存在すら自分はきちんと認識していなかったのですが、去年末に年に一、二度イベントでお世話になっているマギーさんから「新島でライブをしようと思ってるんだけど」という事でお誘いをもらい二つ返事で決めました。どこにあるのかもわからないのがまた面白そうだなぁと。決めたはいいのですがどうやらマギーさんは釣りをして釣った魚を捌きお客さんに提供したいなど、普段のライブだけでは収まらない企画も考えているようで、どうなることやらと不安もありました。

 行ったことのないところへ行く、しかも船での長旅、釣りもできる、僕は釣り仲間の豪ちゃん(劇団ぺテカン)と洋平さん(日本野鳥の会)も誘って初めての釣り方のルアーの練習もして挑みました。ギターと釣竿を持って全国を回ってみたいという夢もあったので叶えられた気分にもなり、ギターと釣竿を持って船に乗り込み行きはジェット船にて3時間。夏休みが始まったばかりか、船の中は家族連れが多く子供達はテンションが上がりまくってしまって窓の外の海を見ながら変な動きをしている子供がいて、なんともいえずこちらも楽しい気分になる。

 島につき港から宿へ車で送ってもらい、まずは出演者みんなで買い出しへいき、マギーさんが運転してくれていたのだけど、マギーさんは風貌が東京でもあまり見かけない風貌といいますか、白髪でいたずら八重歯がチャームポイントで、上手く説明できませんが独特なので島の人たちがすれ違う度に、運転席のマギーさんを二度見していて、それに気づいたマギーさんが「島の人達も俺の魅力にやられているようだ」と面白いことを言っていったのですが、車の中のみんなが誰一人自然とそのまま何も言わずに時が過ぎていったのが内心面白かったです。島は暑く、湿気もかなりあり、建物は低く、壁の感じとか全体的に沖縄に似ているなぁと思いました。

 買い出しから帰り中尾チーム、マギーチーム、ヒロノチームに部屋と冷蔵庫の中を分け、いざライブ会場へ。てっきりアコースティック的な音かと思いきや、しっかり音の出せる会場でロックンロール色が強いお店でありました。リハ終え本番にはお客さんも来てくれて一番手を務め、他共演のお二人のライブを見たり外に出て新島の景色を見ながら聴いたりして、トリのマギーさんの本編が終わると今回のメインイベントでもあります「みんなで夕日を見にいこう」のコーナーへ。お店の車やレンタカーでピストン輸送によりお客さんと演者みんなで夕日と海の見える場所へ移動し、ただただみんなで夕日を見る。笑い声も聞きながらぼ~っとみんなで夕日を見る。夕日が沈んだのを見届けまたピストンで会場に戻りライブの続きセッションへ突入、ビーマイベイベー盛り上がりライブ終了して会場打ち上げ。夜も更けスタッフのピストン送迎にてみんなそれぞれの宿へ帰り、自分も演者の宿へ戻ればそこからまた3時くらいまで釣り談義、2時間ほど寝て釣り出発。マギーさんは船釣り、僕と豪ちゃん洋平さん、ヒロノさんは宿から30分歩いて防波堤にて釣り開始。
 さすがにヘロヘロになりながらも釣果は僕がフグ二匹とヒロノさんもフグを数匹、洋平さんが食べれる魚二匹。
 炎天下きついと根をあげたもん負けのような意地も入りつつ、誰かがそろそろ帰ろうと言ってくれるのを期待してる自分もいたりして。あんなに楽しみにしていたのに釣れないし罰ゲームのような気分にもなり、お昼にようやく帰路へ。中尾チーム三人は宿に竿を置き定食屋さんへいき、そこで食べたアジフライと味噌汁に入っていたつみれがふわふわしていてうまかった。そこから二人は海で泳ぎたいと言い出したが自分は夜に備えて1時間ほど仮眠をし、二人は海へ。
 夕方になるとまた会場へいき二つ目のメインイベント、「マギー寿司振る舞い」があり、自分はそのマギーさん達が釣ってきた魚のアラをもらい中尾汁の制作へ。豪ちゃん洋平さんも手伝ってくれて、お店の厨房でのてんやわんや感が面白かった。普段から釣った魚を捌いていてよかった。魚の頭を十数尾分真っ二つに割り、ウロコや血合いをとり、塩をすり込み何度も洗って寸胴鍋に投入し時間をかけてグツグツ、アクを取り取り。新島の生姜、大根、ネギ、そして味噌、塩、酒、出汁が足らない分は調味料の出汁にも頼りながら、新島生姜の甘みが効いたアラ汁が完成。オカワリもしてもらい、好評を得て一安心。振る舞いタイムもおわり宿へ帰ると、先に帰ってた人たちが宿の中庭で星を見上げて流れ星を見つけてはお願い事をしていて、そこに混ざって寝転がって星をみた。ただただぼうーっと、みんなが部屋の中へ戻っても一人みていたらヒロノさんが横にきて音楽談義へ。もりあがってきたからと、もう一杯を繰り返し話し、マギーさんも加わり星見て音楽談義。
 自分はいよいよ体力の限界だと、千代の富士よろしく寝床に潜って朝起きてびっくり、ヒロノさんはあのまま寝ずに起きていて、酔いを醒まして釣りに行き前日よりも釣ったとのことで、僕たち三人は「ヒロノさんは漢の中の漢だっ」となったわけであります。とまぁなんのこっちゃかもしれませんが、新島、行ってよかったです。

 寝る間も惜しく、やりたいことがあって、自分は温泉や海には入れませんでしたが、海をみてボ~、夕日を見てボ~、釣りをしてボ~、星を見てボ~、っと何気に新島まできてボ~っと何かを眺めていられる時間が贅沢だったなぁと思ったりもして。こんなに突拍子もないけどロマンチックな企画を思いつき、みんなを巻き込んで実行し無事に収めたマギーさん及びスタッフの皆さんに感謝です。おかげさまでひと夏のいい思い出を心に焼き付けることができました。よくわからないけど面白そうだと二つ返事でOKした自分も間違っていなかったなと、たまには無理して飛び込んでみるもんだなぁとも思えた新島の旅でありました。と今月は長くなったのでこの辺で、続きは写真のコーナーへ。よい8月を。

 

釣竿とギター

船着場目指し新橋にて。やはり昔の建物ってオシャレだなぁとパシャリ。

そうだモヤイの島だ。ここまだ竹芝。

ジェット船内。

ジェット船外。

左、豪ちゃん。右、洋平さん。そして真ん中向こうに見えるのがマギーさんです。

カゴごとに分けてチーム中尾は左上

夕日みてボ〜

2時間しか寝ないで釣りに行く猛者達。

いた

魚が見える

釣れたハリセンボン、かわいい

撮影🟰洋平さん。さすが日本野鳥の会

新島戦隊 ニイジマン!

美味しかったマギー寿司

みんなで何かを作るの楽しいですね

LIVEもちゃんとやりました。

新島、ありがとうございました

下北沢で中尾と草場ヒストリーワンマンもやり

いい歌の日になると何気に楽しみだったこの日。思った通りいい歌に出会えて、2人に感動して嬉しくなった。何気に山口君とは10年ぶり、色んな話もできてよかった。おかげでいい歌が歌えた。こんな日がまた歌旅を豊かにしてくれるなぁと。

そして、その昔テレビ朝日のインディーズ番組で一緒に全国を回った同士。カムデンロックのギターヨシミツ君がふらり遊びに来てくれた。彼とは17年ぶりで、SNSでは繋がってたけど、会えて嬉しかった。今や世界を又にかけて活躍するスーパーギターリスト、彼もまた独自の道を生きていてかっこいい。

さぁ次はいよいよGDフリッカーズ先輩と私弾き語りの2マン。なかなかない2マン。こちらもまたどうなるか楽しみであります。


諭介がお答え致します 

■「こんばんは。今年の夏は本当に暑いですね。日中外を歩けば身の危険を感じますね。昨今は男女も大人子供も関係なく身を守る為に差すものなので日傘是非差してください。
中尾草場のワンマン行きました。
お二人の思い出話と歴史順の曲順で私も色んな事を思い出しながら聞いてました。
当時はピンとこなかった歌が今の私の心に大きく響いてグッときたり・・・あっという間の楽しい時間でした。
この先の新しい歴史も一緒に歩んで行けたらなと思っています。楽しみです♪」
(夕陽 2025/07/30 0:05)
→きてくれてありがとうね、当時はピンとこなかった曲がってのが嬉しいし、なんとも心くすぶられれます、あるよねそういうの、自分でもあります、伝えてくれてありがとっ。

■「やってきたことの先へ先へ超えていき曲で突破していく。と聞いて、諭介さんのこれからと歌がとても楽しみになりました☆
そして音楽ではないけれど私もいままでやってきたことを思いを、これからは少しづつでも広げていくんだ!となんかやる気と元気をもらいました」
(hitomi 2025/07/30 0:53)
→やぁ、よかったっ、誰にもわかってもらえない事でも、性分としてそれをやるしかないと思ってる、だからいつもお先真っ暗だけど突破できた時が嬉しいんだろね、やってやろ!

■「暑いですね。冬より夏派なのですがこんなに暑いと冬派になりそうです。諭介さんが、小さい頃は可愛らしい感じだったのがとても意外でした!たくさんの人や出来事、自分がやってきたことで、少しずつ強くなり、男らしくなってきた時間を想像しました。でもときどき可愛いものが好きなところも諭介さんから感じるので、根っこにそんな部分があるなぁというのも気づけて面白いですね!そういうのって、歳を重ねるごとにまた見えてくるんですかね?諭介さんの言ったことややったことで、みんなでゲラゲラ笑ったりするのは、前からずっと続いてることだと思うと楽しいですね。土のストレスは今後もいろいろあると思いますが、笑いながら跳ね除けて行く挑戦をこれからも応援できるといいなと思います」
(A.T 2025/07/30 11:48)
→ありがとう、ほんとに励みになります、これからもよろしくたのみます
かわいい部分て誰でも持ってると思うんだけど、その人生のタイミングで割合が変わってくるんでないだろかね、夏が好きだけど冬派になりそうだくらいの感じで、人生も季節みたいに周りながら進んでるよね、めぐる〜めぐる〜よね、きっと。

■「根っこのお話しや、種が発芽して土を押しのけて芽吹く瞬間など、とても興味深かったし諭介さんのルーツを、中草ワンマンと共にまた一つ知ることができ嬉しかったです。更に曲にも愛着がわきますね〜 そして毎月7.8本のライブ(チャレンジ)本当に頑張られていてすごいなぁと。今がいちばん若いのだし、もう○歳だし…なんて言ってられないですね!

私も、諭介さんLIVEのおかげで、初めて昨年ひとり旅をし念願の延岡を訪れたり、絶対行くことがないだろうと思っていた新島(大昔のナンパ島のイメージでとてつもなくおっかないところを想像😱ごめんなさい🙏)に行け、百聞は一見にしかずで…とてもとても良かったことなど、今までの自分のレールにはなかった分岐が芽生え、新たな冒険・発見やご縁が出来て✨ そのレールを見つけ進んでいけることに本当に日々喜びと感謝です🎶」
(みなたん 2025/07/30 13:43)
→あぁ、よかった、自分のやってる事でそう思ってもらえて嬉しいです、ありがとう。
  新島は江戸時代の島流しと渋谷で偶然みたモヤイのイメージしかなくて、帰ってきてからナンパの島だった時代があった事を知ったけど、全然チャラチャラ感なかったですよね、そういうの違うなってなったんだろね、歴史ありだ。


 

2025年7月1日火曜日

Vol.304「やってきたことの中か先か」の巻

  いやはや、今年の夏は暑いですなぁ、梅雨の雨降り短くて、夏が長くなりそうで嬉しいです。とはいえ夏の紫外線に弱くなってきているので日焼け対策をばっちしやらねばなりません。日焼け対策はみんなどうしてるんでしょ? 日傘なんかをさそうかしらなんて自分が思う時代がくるとは思いもしませんでした。あちー夏、いかがおすごいしか。

 このご時世、男らしくとか女らしくとか言ってると時代遅れだと言われそうですが、子供の頃は日傘というのは女の人が使うものだというイメージがあり、日傘自体にもなにか特別な崇高なものを感じておりました。今では街中ですれ違う若い男子が日傘をさして歩いていたりしますから、気候と時代が変わったのだなぁと実感します。
 自分は自負するところでありますが、昭和のアンデンティティー、男は男らしく的な考えがある方ではないかと思います。高倉健さんや任侠者の映画が好きだったりと、男への憧れ。しかしもっとさかのぼれば、幼稚園の頃など母が化粧をしてるのを見て自分もしてみたいなぁと思っていたり、小学校に上がる前などは延岡に引っ越して近所の女子とかとままごとをするのが好きだったり、木の実などを採ってきてすりつぶし、水を入れてジュースを作ったりして遊んでました。しかし、そんな遊びを好んでしていると、近所の同年代や上級生の男子達が子供用自転車で家に遊びの誘いに来た際の冷ややかな目と「うわ、女と遊びよる」などと実際の言葉でもってバカにしてくるので、今思えば暴走族のように感じたその団体が来るたび、カーテンの裏に隠れて「早く帰ってくれないかなぁ」とか思っていたものです。子供だけに限らず近所のおじさんおばさんからも、自分がおかっぱ頭だったりするだけで「女じゃないんだから坊主にせにゃあ」とか、自分がもじもじしていたり何かにひよっていると「よろくそがぁ」と、弱虫というような意味合いの言葉を言われました。アメリカ帰りの母の元、朝食がパンやオートミールだというだけで、「パンばっかり食べよるから元気がないとよ、ご飯を食べにゃあ」とかも言われる。母のことを「マミー」と呼んでいた事も「マミーげな、お母さんって言わにゃ」など、この、田舎だからか特にあるんだろう同調圧力というのか、あたかもそれが絶対的な常識であるような押し付けに対して、子供は子供なりに社会の中で傷つき悔しくなったり恥ずかしいと思ったりしながら、このままではいかんと変化していき、自分の生き道を見つけるべく順応していき、あっという間にまんまる坊主になりお母さんと言うようになり、真っ黒に日焼けして溶け込む。根は変わらないにしても順応力で、世を生きてく術を手にいれる。
 上に記したような周りからの外圧は今の時代ではきっと町内会で問題になるだろうとも思いますし、放送禁止用語だよ、なんて言葉が行き交ってたんだろうと胸がシクっとなりますがしかし、今となっては自分的に「強くしてもらった」「育ててもらった」と、愛すら感じる出来事であるので不思議です。

 順応しても、まだ根が違うのでどこか不自由さを感じていたんだなぁとも思うんですが、そこを突破した瞬間、解き放たれた瞬間に、それまでが不自由だったんだなと感じる事ができました。
 同級生、上級生のグループで堤防を歩いてソフトボールの練習に行く時に、自分が積水ハウスかトーヨーサッシだか何かのCMの替え歌(トーヨーサッシに頼みましょ的な歌を、トーヨーサッシにたのまねのん、と面白い顔で言うだけの歌)を歌っていたら友達が「なにそれ?」とゲラゲラ笑い出し、上級生にも伝わり「もういっかいもういっかい」がはじまり、こちらも調子づいて余計に面白い歌い方になり、何度もリピートしてガキンチョグループ10名くらいがみんな腹を抱えてゲラゲラ笑った時、自分は意外と冷静なのに面白いことでこんなに自由さを感じるんだと、そのグループの中でポジションを得た気にもなり、脱皮した気分になりました。人によっては喧嘩だったり危険なことをすることだったり、勉強だったりゲームだったりスポーツだったりする、種が発芽して土を押しのけて芽吹く瞬間というのがあるんだなぁと、土はストレスを与えてそれを跳ね除けて芽吹く瞬間に脱皮して次の場所へ行き、また土をかぶり生きていくものなのだなぁと思ったりもして。

 おかげさまで6月に52歳の誕生日を迎え、祝っていただき、ありがたく、自分は幸せものであるなと実感すると同時に、まだまだ頑張るぞと、自分の生き道を広げていくぞと思った次第です。52にもなれば、ここまでやってきたことの中で落ち着いて生きていくんだろうなと思っていましたが、幼少期の発芽や脱皮と同じく、やってきたことの先へ行きたがる。どういうわけだかそんな運命な気もして、6月の予定を見返してもよくこんなにバラバラの形態でライブをやり、その都度緊張してそこへ向かい土をかぶり挑戦し、どのライブも楽しかったと、やったった!と、超えてきたなと思えます。
 52といえばいい年でありますが、60歳や70歳の自分を想像してみてそこから今の52を見れば「若かったなー」と思うだろうなと思います、「今より体動いたもんなー」とか。であるからして「もっと動けるうちに動いておけばよかったなー、挑戦しとけばよかったなー」と後悔したくはなく、ひとつひとつ当たってぶつかれで、やってきたことの中だけで生きず、やってきたことの先へ先へと、超えていき、曲で突破していきたと思いますので、52! ぜひこれからも応援のほどよろしくお願いします。今月も長文最後まで読んでくれてありがとう。
今月はこの辺で、よい夏を!

 

7/19新島に行く釣り仲間と新島での釣りの練習と称して、今まであまりやったことのなかった種類のルアー釣りへ

結局、ルアーは難しく1匹も釣れず、ちょっと変更して近所のスーパーで買ったアサリをつけて投入後

釣れました。

そんで帰りはラオシャンへ。

南野ロックフェスに向けてほぼ1ヶ月半、4-STiCKSのギターの高田さんが作った曲に詞を書く。曲が先にあって詞を書くのは僕はやはり難しいです。それでもテーマがみえてきて突破していくとどんどん転がっていく感じが面白かったです。「カラフル〜市松模様の上で〜」

渋谷のモヤイ像が新島から来てる事をこのタイミングで知る。

スージーとレコーディングの練習

このラグジュアリー感あるスタジオの翌日に

樹木医弟の手伝いへ

最近行っちゃう、おにやんま。とろろ昆布ものせて、うまいんだなこれが。

南野ロックフェス。トップのTARSHIさんバンド。このバンドも一年に一度しかやらないそうなんですが、毎年観ると嬉しくなってくるほどかっこよくて最高です

外丸さんバンドの熱量もすごかった。

結局朝まで外丸さんと。

南野さんが無差別通り魔の被害にあい、いなくなり、残ったヤギさんと高田さんはバンドを続けた、南野さんの声を流してそれに合わせて、それを5年ほど続けて僕に白羽の矢が立った。1回目の時の緊張は今も覚えてる。葬式のような雰囲気を一変させるべく投入された役目もあったと思うが、ご遺族の前で、南野さんの代わりに、南野さんの歌を歌う事の重大さをステージで知り何も出来なかった。そこから年月を経て、超えていけるようになり、新曲を作りませんかと提案した、一曲のつもりで提案したら高田さんが8曲作ってきた。そう提案したのは、このバンドが新曲を作るという事が何か大きな意味を持つような気がしたから。それが何かはわからないんだけど。

このバンドで頻繁に活動していくわけではないけど、今回もこのバンドが新曲を出したことには、音楽やバンドというものの可能性を感じる。誰もが味わうだろう別れ、残されたものがどうそれを受け止めて前に進むか、そんな時音楽、バンドというものがどう人に影響をくれるか

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本日はここを休憩所とする。

EBBが愛しくなりました、その音の中。

ONE NIGHT STAND 2025ありがとうございました。最高でした。たくさんのお祝いもありがとう

はハーン、だからソガッチ、別日リハーサル終わりで、じぁまた〜と帰り際に、僕をわざわざ呼び止めて、ゆうすけって犬派?猫派?って聞いてきたんだな、このタイミングで聞いてくることかと思いながら帰ったけどソガッチからのプレゼントみて合点がいきました。猫は好きだけど猫のついた靴下となるとちょっと気がひけますがかわいいですね。

そして7/11白鶴イベントの打ち合わせ&

コメントどりなど、銀座白鶴本社にて。

次は7/11新宿ロフト弾き語り3マン。お土産付きのお酒イベントへぜひにです

そんでそのあとは新島へ

 

■「音歌にまっすぐ一直線な諭介さん
アカリにまつわる今日までの様々な景色や想いを、私たちにも共有して下さり嬉しかったですありがとう。
産み落とされた1つ1つの曲が人生レールに乗って時を重ねて、静かに走り続けていることを深く実感できました。
そして…それを生み出す諭介さんのど真ん中をただただ尊敬し愛しています🎶

話しは変わりますが、こちらのエッセイでチューリップや紫陽花など季節のお花いっぱいスナップ載せて下さるのなんだかご年配の方👵ブログみたいで、ほっこり懐かしく温かくなれ大好きです☺️
江の島裏磯釣りのお供、延岡産カラスミ!そんな名産物もあったのですね、なんとも美味しそう。食べた〜い😋」
(みなたん 2025/05/30 5:33)
→ご年配のっ、自分でも朝顔やチューリップがこんなに輝いてくるとは思わなかったです。樹木医の弟曰く、人はゆくゆく趣味的に石にいく人が多いらしいので、石の写真載せはじめたらまた年をとったんだと思ってください。

■「今月の「アカリ」について、諭介さんの文章を読んで感じたこともそうだけど、一昨日の稲毛のライブのアンコールでこの曲を歌い始める前に「面白おかしく生きているつもりが、悲しい気持ちとか寂しい気持ちとかに蓋をして生きていたんだなと気づいたときに作った曲です」って紹介してくれたのが印象に残って、私も改めて気が付くことがありました。生きててよかったー!って思いたくて面白おかしく生きて、楽しかった!面白かった!よかった!と思うときもたくさんあるけど、悲しさ悔しさや寂しさ、そういう気持ちが心にあるから気づける“生きててよかったって事が時々ある”んだなぁ。でもそういう気持ちは特別なことじゃないし、誰もが心の中に持っているはずなので、その先の生きててよかった!に自分も日々気づいていきたいし、やっぱり「アカリ」たくさんの人に聴いて欲しいなと思いました」
(A.T 2025/05/30 17:17)
→ほんとにそうよねー誰もが何かしらそういう気持ちを持って生きてるわね、アカリができる時、嬉しい気持ちなのにギターを鳴らすまでずっと泣きそうだったのは、そういう気持ちがあったからなんだろうなって思います。届いてよかったです、ありがとう。

■「「アカリ」はそんなにいろんな出来事があり、そして今回のリリースだったんですね。歌とか音楽ってやっぱりすごいなって思います。音楽は、特に諭介さんやインザスープの歌や音楽は私の心の安全基地で、いろいろあっても音楽を聴くと本来の自分の心に戻れたり、音楽を聴くことで助けられたことがたくさんありました。ライブにいつも行けたらいいのだけど、その時すぐに日常の中でふと聴ける「アカリ」のように配信だったり、CDなどとてもありがたいです。
今回の写真ですが江の島の定食屋さん、なくなってしまったのですね…。とても残念ですね…」
(hitomi 2025/05/30 23:48)
→安全基地になれて、自分も何か世の中で役をもらえたようで嬉しいです、伝えてくれてありがとう。配信でもっと聴けるようにしなきゃですね。またここから先もライブ以外でも発信していくプロジェクトも少しずつ動いているのでぜひチェックしてくださいねっ。

■「今年もゆうすけんさんの音楽と一緒にお誕生日をお祝い出来て嬉し楽しでした!!かっこよかった!!!!
you two..ワンマン今回は9月なのですね。こちらも楽しみにしています。Xにyou two..の記事をリンクして下さっていたのでまた読みました。お二人を繋いで下さった方がいてyou two..にまで進化して、ここから続いて行くyou two..の歌音も楽しみにしています。
私は先日はじめてラオシャンに行きました!一口目は、ん?と思ったのですが食べるうちにクセになり、最後はまた食べたいと思う味でした。多分また行きます(笑)」
(あこ 2025/06/26 15:41)
→がはっラオシャンっ、いやはや、ほんとに最初、?となるよね。西口ラオシャンと花水ラオシャンがあってどっちだったでしょ? これが僕は去年知ったんだけど、全然違うんだね、今度は西口ラオシャンの方にいってみようと思います。you two..そういえば繋いでくれた金吾さんのおかげだね、ワンマンお楽しみに。誕生日来てくれてありがとうっ。

■「毎年、諭介さんの誕生日はハッピーバースデーつーゆーなんて言って、梅雨を感じていますが、今年は暑くなるのが早く梅雨っぽくないですね。それはそうと、改めまして52歳おめでとうございます!毎年思いますが、52歳には見えない若々しさに良い歳の重ね方をしているんだろうなと思います。諭介さんの音楽の球根、ライブや連載で何度か聞いたことはあったけど、初めて知ることもあり、根っこにあるフォークシンガー達の曲を今もときどき歌ってくれるのが、根っこがずっと広がっているようでより素敵に思えます。諭介さんが、文学性、日本語の面白さ、短い言葉の中に広がる想像、にはまって歌ってたところ、私もインザスープに出会ったのは社会人1年目で国文科を卒業したばかりで、そういうところにも惹かれてファンになったのかなあと思いました。卒論の話も面白かったです。私も自分の卒論を読み返したら、自分の根本、ルーツ、何か今に繋がることがあるかもしれないと、読み返したくなりました」
(A.T 2025/06/27 16:28)
→うわ〜卒論確かにみてみたい、でもないなぁどこいったんだろ、恥ずかしいけど読み返してみたいですなぁ。国文科って響きいいね、ぼかぁそんなに本を長い事読める方ではないんだけど、文学って響きにすごくセクシーさを感じるのよね、なんだろうか。
 この言葉に対して思うセクシー感って。お祝いの言葉ありがとうっ。

■「諭介さんの音楽のルーツは今までも見聞きしたことがあったけど、より詳しく知ることができてよかったです。
私は聞いてこなかった音楽を好んで聞いてきた人が作る音楽を今私は大好きで聞いていて、きっと根っこの部分で私のルーツともどこか繋がっているのかもなぁと考えたら嬉しくなりました。
改めてお誕生日おめでとうございます。52歳には見えない52歳の諭介さんの音楽をこれからも大好きで応援しています」
(夕陽 2025/06/28 23:50)
→お祝いありがとうっ、音楽ってできるまでに色んな要素が入ってできてるんだと思うわ、人生で何をキャッチしているのか、アンテナみたいに受信して変容させて発信しているんだろうね。それをまた受信してくれて嬉しいです、ありがとう。

■「今回の球根話がとても面白かったです☆諭介さんの歌を初めて聴いたとき、まっすぐに届く迫力ある歌と思いに驚いたことは今も鮮明に覚えています。私はたぶん童謡的な感じがしたことにもとても好感を持った気がします。
そして改めまして、誕生日おめでとうございます。今もまだ諭介さんの歌を聴けることに感謝です。まだまだ聴かせてくださいね!
そういえば、「ブラックレイン」あまりにも諭介さんがコラムで力説していたので観てみたらすごく面白かったです!!任侠ものとかあまり興味ないけれど、これは映画館で観たかったな~!と思いました。ボブディランの映画も観てみようかな…」
(hitomi 2025/06/29 17:45)
→お祝いありがとうっ。がはっブラックレインのこと力説したね確かに、文字だけで力説が伝わって嬉しいです、面白かったようでよかったっ、ボブディランはその当時の空気感、激動の時代の空気感が知れてよかったのよねぇ、その中でどうミュージシャンとしてどう立ち向かったか、今の状況とも似て、観てて燃えたのよね。

■「52歳おめでとうございます〜
今月もONE NIGHT STANDはもちろん
南野ロックフェスやEBBとのトークライブやイマヤスさんとの手習いなどなど盛りだくさんの熱い暑い6月でしたね。

18歳で『人生レール』という、あんな素晴らしい曲を作れる諭介さんは既に天才だったと思うし、そしてレールに揺られて私たち観ている人も乗り車両も増えながら、今現在もまだまだ新しい景色やドキドキが待っていて…✨
この先の音歌旅も楽しみでしかありません。ありがとうございます。
これからもどうぞ、健康でお健やかでありますように🚂🛤️」
(mina 2025/06/29 20:23)
→お祝いありがとうっ、心健やかに生きていたいもんです。ほんとに6月は色んな形態でのライブでどれも超えれていい景色みえて、んがまだまだこれからも新たな景色目指して頑張るので、体感のほどよろしくお願いしますっ。


 

2025年5月31日土曜日

Vol.303「今一度、球根確かめ次へ2025」の巻

  しとしと雨降る5月末30日早朝、早起きにてこれを書く。一旦もう夏だなと思う日が続き、また冷んやりシーズン到来で涼暖も波の如し、フェイントかけられ半袖長袖着る服も迷うこの頃今日はひんやり、いかがおすごしか。

 今までも書いた事があるかと思いますが、自分の音楽遍歴、ルーツを考える事が最近よくあります。2025年5月インザスープデビュー25周年というのも相まっていると思いますが、よくここまで音楽を続けてこれたなと思うと同時に10代から20歳前後の頃、バンド結成前までに僕は潜って潜って球根を育てていたのだなとも思ったりして、今一度そのルーツを確かめながら今を感じたいなと思います。同級生が集まると毎回同じ思い出話で盛り上がるように、一人で2025年の自分ルーツの確かめ作業をしますのでお付き合い頂けたらと。

 中学に上がる頃に音楽へのアンテナが伸びはじめ、レコードで映画「ゴーストバスターズ」のサントラのレコードを母に買ってもらい聴くようになり、当時、電気会社のCMで流れて流行っていたボンジョビを聴くようになり、バービーボーイズや渡辺美里なども「テンションがあがるわぁ」的な感じで聴き、貸しレコード屋さんなどでペットショップボーイズなどを名前が面白いというだけで借りてきてハマり、自分で見つける楽しさも知りはじめていたんですが、テレビドラマ「親子ジグザグ」だったかで主演の長渕剛に出会い、オープニングテーマ曲の「ろくなもんじゃねぇ」が、それまで聴いていた音楽とは違う、テンションが上がるだけではない、よりもっと心に届いてきた。そして初めて自分で買ったレコードが、その曲を収録しているアルバム『LICENSE』でした。レコードの針のバチバチという静かな時間に一対一で語りかけてくるような曲達、そして最後の曲「LICENSE」で完全にやられました。歌って、こんな風に自分のことを歌っていいんだと思ったはじまりでした。そこからアルバムを遡り、なんせ田舎ですから、街の小さなレコード屋さんには昔のアルバムが揃っているわけもなく、予約をして一週間以上待ち、その日が来るのを今か今かと楽しみに過ごしてようやく手にして帰る時のワクワク感、自分だけのお宝を手に入れたような、ドキドキ感。そうして遡り聴いていくと、どうやら長渕剛のルーツは日本のフォークシンガー達にある事がわかってきて、今度は吉田拓郎、泉谷しげる、井上陽水、友部正人、加川良、遠藤賢司(敬称略)を聴くようになり、どうも学生運動などが行なわれていた激しい時代があって、その影響なども曲達から感じられて当時の空気感、歴史を勝手に想像しながら聴くのが楽しくて。今聴いても当時はまだ20代だったのだろう彼らが紡ぐ、20代とは思えない老成というのか洗練というのか、文学性、日本語の面白さ、短い言葉の中に広がる想像、そこに自由を感じハマっていきました。ギターが一本あれば、言葉とメロディーでどこまでも自由を感じられることを教えてくれたのが、日本のフォークシンガー達でした。
 中学ではBOØWY、高校ではユニコーン、大学時代ではミスチル、などが同級生の間では流行っていた頃に、そちらには興味が走らず、遡って聴いていて時代に逆行していると感じていても、その逆感がまたより球根が育っていく感じもして、一人静かに向き合えるものとなりました。とはいえ同時代にも、ボガンボスやSION、HEAT WAVEなど、同じルーツを感じる音楽家にも出会えてハマり、同じ球根からこんなに違う花が咲くのというのも今思えば面白いところであり、当時は同じ匂いを感じながら、時代を踏まえて自分たちならでは独特な個性、優しさを感じる人たちにも傾倒していきました。

 「遡り」は自然と海外のフォークソングへ向かうのですが、やはり関門のように「ボブ・ディラン」に行き着くわけです。しかし英語で、なんだか妙な歌い方だし、よくわからないと言うのが本音だったんですが、これだけ僕に影響を与えた日本のフォークシンガー達が口を揃えて「ラジオからボブ・ディランが流れてきたのを聴いてカミナリが落ちた」と、その時の衝撃を語るので、わからないのに、わかるまで聴きたい、好きになりたい、きっと好きになるはずだ、落ちてこいカミナリと、もはや自己暗示をかけながら聴いて、ギターにも自分だけが見れるところに彼の名前のステッカーを貼ったり、ボブ・ディランのデビューアルバムをCD棚の一番上に飾っていたりして。それから今も、そのジャケットは一番見えるところに飾ってあります。

 話は逸れるようで逸れないんですが、最近よく思い出すのが大学の卒論です。
 テーマは「なんでも興味があるものを選んで、それについての論文を書け」と、本当になんでもいいと言うので「日本のフォークソングにおける受容と変容」というタイトルでいろんな文献を探し、読み、ほとんど書き写したようなもんですが、それでもいまだにその時に調べた事が自分の根っこにある。ボブ・ディランからウディ・ガスリーへと遡り、いよいよ根本の「FOLK」といのは「民謡」であるという事、「民謡」というのは生活に根付いた音楽、その時代を反映したものである事、そしてそれは「普遍的なもの」である事にたどり着いた。ここに今の自分が音楽を続けてこれた理由があるんだなと思います。音楽業界やロック社会や縦社会、時代や音楽理論など様々な風が吹く中で、逆風を感じつつも抗いここを信じて、根を生やしてきたんだなと。ことデビューが決まり世に出るタイミングになった段においては尚更その根っこを感じ、たとえばタイトルだけ見ても「風の子」や「川」「夜の掛け布団」など、自分なりに「FOLK」の観点から世の中へ石を投じた結果だとも思います。

 結果、2025年の自分は素直に音楽ができてると思う。あまりクセをつけずに、活動範囲にしてもジャンルに囚われず、人間関係に縛られず、逆風を感じてきた分だけフラットに音楽だけで人と繋がれているような、はたまた逆に、やってきた音楽との共通点をテレビMCや演劇にも見出してこれたように思う。
 それでもまだまだ、これだけやってきてもいつも最初の気持ちでいられ、奥を感じ、これからもおもろい景色が待ってる予感を音楽はさせてくれる。そのようなものに出会えて本当によかったと思う2025年5月、そう思えるのも聴いてくれるみんながいるからです、ありがとう。これからもぜひ聴いてもらえたらと! フラットに発していきたいとおもうので、一緒に楽しんでもらえたらと思います。
 そんなみんなにオススメしたい映画が「名もなき者/ A COMPLETE UNKNOWN」です。ボブ・ディランの孤独、抗い、時代背景、そこからの歌のチカラ、ボブ・ディラン先輩が日本のフォークシンガー達に、あの時代に影響を与えたことなどが頷ける映画でした。役者たちも素晴らしく、映画の後に観た本人の映像の方が偽物に感じるほど、シャラメ演じるボブ・ディランもかっこよかったです。お時間ある時にぜひ。
 どんなことでも、今やってる自分の根本、ルーツ、起源など球根を確かめ探究、人生を旅できるのは幸せなことで、チカラが湧くもんですね。と思いながらこの辺で、よい梅雨を。

この映画ですね。

好きなジャケット。映画内ではこのジャケット撮影も描かれていました。

千葉稲毛。いつしかここもホームとなり。月と夜へ。

戦争は僕達人類の敗北だと思います。

近所に出店希望 ラオシャン。

ギターのおしりのメンテナンス。

弦張り替えー今日もやったるでと。Photo by Masumi

何をどうした時のアクションでしょう? Photo by Masumi

7月新島に向けての準備も。

金網おじさん。子供達の野球をみてしまう。微笑ましくみてしまう。こういうおじさんいたなー

多すぎにも程がある。

都会の隙間を狙って。

愛知県 吉良町 ROCK ON THE BEACH

静かな海と月。

本当にどうでもいいことで深夜まで話す人達。

都会の隙間でくつろぐ②

美味しいですよねー。日本の現場仕事の方々をどんだけ支えてきたんだろワンタン。

6/15EBBにおもてなしをされにいくためのリハを。感動しました、また改めてお伝えできたらと。

新宿ろふとのせんべろ。2曲だけですが毎回緊張しますね。ここもまた挑戦の場であり

アイドルとはいえ夢への本気を感じるゆらぴこさんよりうちわ配られ、異文化感コミュニケーション。

久々野球も気持ちいい季節。

6/10この日に向けて5月は新曲をつくっておりました。

そして6/20、我誕生日にて。先輩方の胸借りてぶっ飛ばしてまいりますのでぜひ52の歌音を感じてもらえたらと。  


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 諭介がお答え致します

■「k's共演者の歌のほとんどが「死にたい」というようなことで後ろ向きなMCなんてがっくりしちゃいますよね。
私は「死にたい」とか軽々しく言うのが好きではありません。
病と闘っている人、災害事故でこの世を去ってしまった人、戦地の人、その無念さを考えたらそんなこと言うものじゃないって思うんです。
私も楽しいばかりじゃなく生きてきたけどそんな風に感じたことはなくて歌や音が希望をくれる、本当にそうだと思います。
今回のエッセイの少し重めの内容に悲しい気持ちになってしまったけど「生きてて良かった」そう思えることが一瞬でもあれば前に進めるしそう思わせてくれる「アカリ」いい曲だし大好きです」
(夕陽 2025/05/28 23:50)
→ありがと、音楽でも他の芸術でも、ネガティブから発信しててもいいんだけど、その思いを昇華させようともせず、ただ垂れ流してるだけのものがきびしいなぁとおもっちゃうんだろなぁ、せめてMCで「なんつって、いやぁ最近は雨ばっかりで、、」とかギャップ感出してもらいたくなってしまうわぁね。日にちと時間と場所守ってちゃんと舞台にまであがっていうことかいってなるわね。

■「音歌にまっすぐ一直線な諭介さん
アカリにまつわる今日までの様々な景色や想いを、私たちにも共有して下さり嬉しかったですありがとう。
産み落とされた1つ1つの曲が人生レールに乗って時を重ねて、静かに走り続けていることを深く実感できました。
そして…それを生み出す諭介さんのど真ん中をただただ尊敬し愛しています🎶

話しは変わりますが、こちらのエッセイでチューリップや紫陽花など季節のお花いっぱいスナップ載せて下さるのなんだかご年配の方👵ブログみたいで、ほっこり懐かしく温かくなれ大好きです☺️
江の島裏磯釣りのお供、延岡産カラスミ!そんな名産物もあったのですね、なんとも美味しそう。食べた〜い😋」
(みなたん 2025/05/30 5:33)
→そうね、おじいさん、わかりますよ、けっこう若い段階からこのような傾向があります、飽きないですね、植物や虫や、空や。楽しませてもらって、自分と重ねて客観的にみれてありがたいです。これがまた石とかにいくと次の段階にいったということになるんでしょうね。高みを目指してお爺さんを磨いていきたいと思います。カラスミが延岡の名産なのかはきいた事ないけど、いつか自分でつくってみたいですなぁ。

■「今月の「アカリ」について、諭介さんの文章を読んで感じたこともそうだけど、一昨日の稲毛のライブのアンコールでこの曲を歌い始める前に「面白おかしく生きているつもりが、悲しい気持ちとか寂しい気持ちとかに蓋をして生きていたんだなと気づいたときに作った曲です」って紹介してくれたのが印象に残って、私も改めて気が付くことがありました。生きててよかったー!って思いたくて面白おかしく生きて、楽しかった!面白かった!よかった!と思うときもたくさんあるけど、悲しさ悔しさや寂しさ、そういう気持ちが心にあるから気づける“生きててよかったって事が時々ある”んだなぁ。でもそういう気持ちは特別なことじゃないし、誰もが心の中に持っているはずなので、その先の生きててよかった!に自分も日々気づいていきたいし、やっぱり「アカリ」たくさんの人に聴いて欲しいなと思いました」
(A.T 2025/05/30 17:17)
→ありがとう〜、ですわなぁ〜、そこを目指して頑張りたいね。お爺さんモードで言わせてもらうならば、どれだけ自分に負荷をかけていきてるか、本当に生きててよかったって思えるには、孤独や勇気ってのがやっぱりちょっと必要になってくるんでしょうなぁ。演劇「荒れ野」共演小林勝也さんに教えてもらった言葉「悲観的に受けとめて、楽観的に発せよ」ですね。