2019年6月1日土曜日

Vol.231「くじら泳ぐよどこまでも」の巻

 5月、あちー日が続いた5月。毎年のようにこの辺りから自分的開夏宣言をしていますが、今年は文句なく夏ですね。
 はじまりました夏、いかがおすごしか。

 今年ももう半年になるのかと、その早さに驚きつつ、この5月はなにしたんだっけなとスケジュール帳を開いてみる。

 そうインザスープの19周年ライブがあった。今回は祝ってもらうべく弾き語りでよくご一緒させてもらってるGONDAさんのバンドGRiPをお誘いさせてもらった。昔にもバンド同士で対バンしたことが2度ほどあったが、その時に話をした記憶がほとんどない。その後個人練習で入ったスタジオにてGONDAさんも個人練習に入っており、他に人もいなかったけどロビーなどで話しかけることもなかった。その後何がきっかけか二人でイベントを組むことになり、札幌や渋谷、名古屋大阪をまわり、その中で仲良く話せるようになったんだと思う。なんせギターの奏法にも刺激をもらい、すっかり心、体も踊りたくなるようになった。

 と書いていて自分は「人見知りなんだろうか」というような疑問が湧く。
 そうであるようなそうでもないような。根本的なことはわからないけどバンドマンとしての今までの自分はあまり社交的なほうではなかったように思う。結成当初はライブの打ち上げなども早々に先に帰っていたし、対バンのバンドマンと楽屋で仲良くなったとか話をしたことがあんまりなかったんじゃないかと思う。というか苦手だった。ライブハウスの店長などにも、褒められても説教されてもどちらにしても真に受けることができず、一線を引いていたように思う。そんな風にしていられたのも他のメンバー、特にドラムの吉田くんが社交的だったからだろうと思う。
 曲を作る、みんなでアレンジをああじゃないこうじゃないと作ってく、練習する、それをライブで爆発させてお客さんにぶつける、お客さんと繋がれるような気分になる。それだけでよかった。それ以外のことはどうでもよかった。そんな時期があった。今思うと、器量がなかったんだろうなとおもう、今も苦手ではあるけど、昔はより、人と喋る器量がなかった。何もかも初めての経験の中で、何もない者が行きたいとこへ行くにはそうするしかなかったんだろうなぁと自己肯定をする。
 でもあの当時、そんなバンドマンは他にもたくさんいて、喋らずとも何かこう腹の奥で「やってやるぞ」的なものがあるのが伝わり、何くそ的なギスギスした感じのものがあって、今思うとあれはあれで気持ちがよかった。
 
 そんな時期もあったり、調子にのった時期もあったりして今も「だめだなぁ~」の連続だけど、それでも昔よりかは自分は自分の自分事が少しずつ見えてきて、昔よりかはそれ以外のこともなるべく人とフラットに話せるようになった気もして。フラットでいるとそれまでに自分がやってきたことで人と繋がれて、そこでまた刺激をもらえる。刺激をもらうと濁らずにいられる。
 何度も会ったりすれ違ったりしててもあまり繋がらなかったのに、たやすく人と繋がらず「何くそ」を持ってきた人たちとは時間が経って笑いあえておもろい。大勢いた同時期のバンドマンがやめてく中で、やり続けているバンドマンや歌うたいに会えるのは同じ時代を通ってきた同志のような感覚も勝手にどこかある。仲良しクラブを作りたいとは思わないけど、自分事をやってきて繋がれることもあるんだなと。もっと頑張らねばと思わせてもくれる。はたまた聴きにきてくれるみんながいるから続けられるとこもあり、感謝です。これからも少々悪あがきでも色んな場所や人、景色に刺激をもらいながらなかった歌を作り歌い続けていくので、ライブに足を運んでもらえたらと。歌を聴いてもらって何か自分だけの波紋、景色、匂いみたいなものが広がってもらえたら嬉しいです。6月は誕生日月間にふさわしく先輩方に、また同期にも刺激をもらえそうなライブてんこ盛りであります。来て観て触れてもらえたらと。最後はライブの宣伝みたいになりましたが、またライブで会えたらと、これ書きながら思い出した「くじら」の歌詩を書いて今月はこの辺で。写真へ続く。


くじら

アスファルトひっくり返せば俺 そこに横たわる
海の底深く光る目玉 俺は睨んでる
「人は一人じゃない」と言うが どうだ君は一人だろ?
一人にもならず群れたがる雑魚をのみ込んでく

メッキはすぐに剥がれ
時代が洗うから
数の少ない仲間たちと
七つの海で泳いでる

おお わがままに
おお この海を泳ごうか

間に合わせた優しさじゃ なおさら寂しくなるから
口をつぐんだまま俺 震えてここに立つ

賢くなけりゃからかわれ
意地を通せば はじかれる
それでも戦う仲間たちと
笑いあえると信じてる

おお おおらかに
おお この海を
おお わがままに
おお この海を泳いでく



518
楽屋にて

522
海にて

やはり たまに 来てないとだめです 海

この日は三浦の磯へ

釣果ゼロ
でもよし。

吉田くん

ハチ

K

自分

舞台「荒れ野」でご一緒した小林勝也さんの舞台を観に。
ヒトラー政権の下で指揮者、芸術家としてのあり方をテーマに勝也さんが指揮者役を演じておられ、最後は胸に迫るものがあり、また勝也さんが変わらずセクシーでありました。

荒れ野まで、ふらりと演劇を観にいくってあまりなかったですが、より身近に感じ、より貴重に感じ、すごいことをやっているなぁと。劇場の外の日常から、中の別世界で大事なことに気づかされたり、鼓舞されたり。

これライブもそうですが、もっと気楽に身近に、日常の中にあっていいものなんだろうなと最近よくおもいます。立ち飲みにいくように、カラオケにいくように、ボウリングにいくようにふらりと入れるものに一般的にもっとなったら面白いのになぁと、それらでは味わえない、ともすれば受け止めるのに体力もいりますが、実感できるものはとても大きいものに出会える可能性がたくさんあるんだろうなぁと思ったりもして、それで最近は「気軽に」って言葉をよく使うようになりました。

ミナミノロックフェス

大阪で通り魔殺人の被害者となり、亡くなった南野さんは事務所の先輩で。我々の所属していた事務所ピンクムーンは南野さん率いる4-STiCKSを売り出すために発足した事務所でした。その後我々がピンクムーンでお世話になることになり、でも当時先輩方との交流がほとんどなく、それこそ南野さんとちゃんと話したことがありませんでした。
3年ほど前よりベースの柳沼先輩と初めて会い交流がそこから始まり、自分が事務所の後輩ということで南野さんのかわりに歌わさせていただきます。生前できなかった交流を歌の中でさせてもらってるようでもあり、勝手に歌の中から意志を継いで今に、そして先につなげられたらとおもいます。

そして今年も一年一度のワンナイトスタンド
今年もマイバースデイに開催させていただきます。
一年一度ですが年々積み上がってくグルーブ感を楽しんでもらえたらと。
ぜひに。

そして、デビュー以降にはじめてライブ以外でも呑みにいったりするようになったバンドマンじゃないだろか。いきなり漫画家になると言って会わなくなり、バカ売れして今もなお「コウノドリ」大ヒット中ですが最近ライブハウスにももどってきて2度目の共演、こちらも楽しみです。

諭介がお答え致します

 

■「いい天気です。「初夏でしょか」この時期恒例のダジャレに、簡単に笑うもんかと思いつつも、毎年すぐに笑ってしまって、変わらず言い続けていることに安心したり、諭介さんのオヤジギャグにはこちらもたまらない気持ちになるそんな季節です(笑)初めて聞いた気がする中学時代の話はとても意外だったけれど、希望と違う高校へ行ったのも、本田さんと仲良くなったのも、ギターを教えてもらったのも、今に繋がっていて嬉しいです。私も元号が変わるまで「平成」を意識したことはなかったけど、「平成」はほぼ諭介さんの歌でした。学生から社会人になったときなんとなく「もうあんまりライブに行かなくなるのかな~」と思っていたのに、働き出してから出会った諭介さんの歌で音楽もライブも好きなまま遊び続けています。平成最後の新曲も好きだなと思ったし、明日のインザスープも楽しみです! 」
(A.T 2019/05/17 17:12)
→おういぇい、そいいえば平成最後を新曲で終われたのがよかったなってあとから思えたわ、早朝ライブきてくれてありがとう、令和もよろしくっ。

■「中尾さん、こんにちは。
「紅葉」に対して「前田」発想は、同世代として落ち着きます。。
中学生の頃のエピソードから想像できないくらい、現在は年を重ねるごとに良い具合に益々格好良くなってますね。。違う高校に配属、って、平成の風は面白い方向に吹いたもんですな!「平成」を振り返ると、自分にとってどの側面をみてもただただ「成長」の一言につきます。「令和」はもっと積極的におおらかに生きていきたいなあと思います。
好きなことをやってきたと言われる人生の中尾氏ですが、楽しいばかりではない、大変な部分もあるのかなあという印象を、また、孤高な面と自身に課せる高い理想と覚悟のようなものを「荒野で遊ぶ」の語句に感じます。
中尾氏に吹く風には希望とともに、常に心を弾ませるお花やギャグや蕎麦、コインがブレンドされてますように!」
(たかの 2019/05/19 18:00)
→ありがとう。前田こうようで落ち着くあたり同世代を感じますな。気持ちのいい風を吹かせていくよ、そのためにも刺激を求めての6月、お楽しみにしてもらえたらと。楽しみです。

■「中尾さんこんばんは。
5月、6月と魅力的なライブが多く、転職活動中で比較的夜暇な私は、ここぞとばかりに手帳に予定を書き込みました。
インザスープはさすが、相変わらずの熱さで楽しかったです。鈴ノ木さんとのあの何とも言えない仲良しが伝わる掛け合い、楽しみにしています!!笑
私の中学生時代も思い出してみました。部活三昧で恋愛よりも汗だくでした。女子なので殴りあいとかは無かったな。笑
令和も中尾songとともに歩みたいです」
(匿名 2019/05/20 20:44)
→ありがとう。歌の中にその時どきの時代を刻みこんでもらえたら歌もよろこびそうやわ。令和も自分がおもうおもろいことで面白がっていこう。これからもよろしくです。

■「「初夏でしょか」「残暑ざんしょ」・・・オヤジギャグ嫌いじゃないです。いや、むしろ私も頭の中を頻繁によぎります。私の心に住んでいるちっちゃいおっさんが“諭介さんに負けるもんか!”って言ってます。いつかオヤジギャグ合戦しませんか?(笑)

冗談はさておき、元号が変わり何か生まれ変われそうな気がしつつも、大切な事は変わらないでそのままで。自分らしさを残して成長していきたいですね。

新曲の歌詞、素敵ですね」
(夕陽 2019/05/27 18:47)
→ありがとう、小さいおじさんがいるのかなるほど、そういえばおばさんギャグとは言わないものね。ふむふむ。令和もおもろいをたくさん食べて成長していきたいね、新しい時代もよろしくっ。

2019年5月2日木曜日

Vol.230「荒野で遊ぶ」の巻

 雨、しとしと、雨、この雨抜けたらいよいよ本格的な初夏でしょか。「初夏でしょか」毎年この時期になると浮かんでしまい、でも自分的にどこにも発することを控えようとするダジャレシリーズ、他には紅葉を見ては前田という苗字が浮かび、頭で繰り返してしまうも発してはダメだとウズウズしてしまう、これを理性と呼ぶんでしょうか。何故発してはいけないのか、オヤジギャグだから。何故オヤジギャグは発しちゃいけないのか、感性が錆び付いてきてる現象、なんの新しみもないことを発するのは誰の得にもならないからではないでしょうか。しかし自分の場合、これ若い頃より頭の中で繰り返してきたもので、錆がいい具合に光っていてたまらない気持ちになります。今年は一度、ツイッターのほうでも理性のダムが決壊し発してしまいましたが、この場をお借りしまして再び発させていただく運びとなりました。そう、初夏、一年で一番好きな季節であります。この雨抜けたら太陽の光に水滴光って新緑が新しい空気を発してくれ、街の空気が一新するようで息しやすく、体の中にとりこんで、細胞が喜んで、ただただ目に新緑を映すだけで視力も上がるんでないかと思わせてくれダジャレも吹き飛び、希望が充満する時期、今年もなるべく多くこの時期に、新しい空気を吸えたらと思う「雨はよ上がらんか」なこの頃、いかがお過ごしか。

 そう、新しいといえば昨日元号が変わり、「平成」から「令和」になった。それどころではないと、自分的にはどこか関係のないことのように思っていたけれど、平成最後の日も雨で、何故か少しグッときた。30年。

「昭和」から「平成」になる時、自分は中3だったか、元号が変わるってことがよく分からないまま、「平成」という文字を初めて見て、高校って場所がどういう場所なのかも分からずに、「なんとなく行っといたほうがいいんだろうなぁ」と勉強し高校受験した時期だったように思う。

 自分にとっての中学時代は暗く重い時代だった。それなりに楽しくも過ごしていたんだろうけど、何をしても天井が曇りがかっていて重く垂れこめたイメージがある。勉強はできないし、女子にもモテない、モテないとか以前の問題で存在が半透明だったんじゃないだろうか、部活も補欠で喧嘩なんかも弱い以前の問題で、周りが身体的にも成長していく中、自分は成長が遅くて小さくて、卑屈な気分がいつもあった。今思えば幼虫だったんだなと、心の中に「自分はこんなもんじゃない」って気持ちがたくさん溜まった時期だったんだと思う。

 中学時代、部活帰りに自転車に乗って友達と帰ってると、向こうから自転車に乗った高校生達が来てすれ違う、すれ違ってちょっと離れたところで振り向いて高校生達に向かって「やんのかコラー!」と大声で叫び挑発する、遠くで振り返る高校生、自分らに向けての言葉だと認識してもらうためにもう一度「やんのかコラー!」やっと気づいた高校生が追っかけてきたとわかると一目散に逃げる、一生懸命逃げる、必死に逃げる。ケンカになればボッコボコになるので必死に逃げた、ただただ必死に逃げた。時々捕まった。カンカンに怒ってる高校生に首根っこを掴まれて「すいませんでした!」となんども必死に謝る、ひどい時は許してもらった後にも遠いとこから再度挑戦してまた捕まったりした。あれはなんだったんだろうかと思う。十分に情けなく恥ずかしい話だがもっと情けないことも、ここに書けないようなことも、思い出すとチクリと胸が痛むことも幾つかよぎる。卑屈の塊だった。

 そんな暗い時代から、新しい元号とともに高校に入学し、希望してた学校とは違う学校に回され、そこが自由な校風だったこと、本田誠人と漫才を始めたこと、また友達にフォークギターを教えてもらったことで曇りがかってた天井が少しずつ吹き抜けていった。吹き抜けたら吹き抜けたで空が広く、この先自分はどうなるのか、何をして生きていくのかと、自分を確かめたくもなり、ヒッチハイクをしたり、畑の真ん中や路上で歌うようになり、歌っているとバンドのメンバーにも出会え、そこからまた新たな旅が始まって今に至る。

 ざっくりだけど自分の「昭和」から「平成」の変わり目、そして「平成」はそんな感じだった。

 元号が変わるということがどういうことなのかよくわからないまま「平成」という文字を初めてみたけど、ちょうど高校入学時だったことも相まって、何か新しく生まれ変われそうな空気も吸っていたんだと思う。
 背が伸びるたびに柱に線を引いて、成長を確かめるみたいに、元号も日本のみんなで自分の道程をただ刻み込む柱のようなものにも思え、自分がその柱に刻んだ線を見ては日本人なんだなぁと感じたりもして。また、新緑を吸い込みたくなるように、元号が変わっても変わらず続いていく日常の中で、なるべく新しい空気を吸えたらと思う。まだ「平成」を語り尽くせはしないけど、「平成」最後のライブで最後に歌った歌が新曲でよかったと、なんとなく思う。と今月はその曲の歌詞を書いて、この辺で。

        
        今 目覚めよう 生きながらえてきた
        ぼやけた目玉を 光で洗い
        いつもいつでも この世で最初に
        吹く風を額に 受けとめながら
        
        最後まで諦めなかった アイツの魂を
        その先へと続く 終わりのない旅へ連れて行こう
        解き放つ心は どこまでも吹き抜けて
        果てしなく続いていく 荒野で遊ぶ

        今 目覚めよう 生きながらえてきた
        ほこりだらけの この身を叩き
        嗚呼 いつでも この世で最後に
        吹く風を背中に 感じながら
  
        最後まで諦めず生き抜いた アイツの生き様を
        その先へと続く 終わりのない旅へ連れて行こう
        解き放つ心は どこまでも吹き抜けて
        果てしなく続いていく 荒野で遊ぶ
      
        解き放つ心は どこまでも吹き抜けて
        果てしなく続いていく 荒野で遊ぶ


桜桜

この一年ありがとうございます。

今年も宣伝よろしくお願いしますと。

この時代自分でもっとできるだろうと。

6/10
南野さんの場所にて歌わせてもらいますと。

そして、そんな、平成はじまりたての頃の写真も散りばめられて、高校時代の相方、本田誠人と、8/25に地元宮崎は延岡市にて開催決定。

8月の延岡、暑いでしょうなぁ。改めて思うけど、高校時代漫才やっていて別々の道に行って、また一緒になんかできるって、おもろいです、楽しみであります。  

諭介がお答え致します

 

■「素敵なソウルメイトですね☆インスタで本田さんの記事をいつも読ませていただいてますが、本田さんが中尾くんを信頼しきっているのが、よくわかります♪
中尾くんのライブへ行った友人から、『樹』聞かせてもらいました♪舞台は見られませんでしたが、曲から想像できそうなくらいの世界観がありました。
また、ペテカン×In the soupの舞台が観たいです♪
また、花粉症の季節がやってくるので、
お気をつけ下さい☆」
(署名なし 2019/03/30 13:31)
→いいね、インザスープ とペテカンでもまたやってみたいわ、時々よくあのタイミングであんなことができたなぁと思うわ。攻めてたね、攻めんとやね、これからも。

■「まだ寒いうちから咲く梅は強さや誇らしさも感じられて大好きな花です。諭介さんがショーケンに感じた、規格より先に自分の心で「生きてる」って感じが梅にもあるような気もします。『令和』も梅の歌からですよね。『梅の花のように日本人が明日への希望を咲かせる国でありますように』どんどん変わる未来に不安や怖さもあるけれど、この令和の意味を崩さないように強くいたいです。バイザウェイ!(笑)私も年に数回、同級生と集まるといつも記憶のすり合わせになるのですが、男子も同じなんですね。諭介さん達が自転車こいで周るところは映画を見ているような感覚になりました。大人になっても自然と変わらないものもあるなら、昭和が少し遠くなっても消えていくものばかりではないと思えます。そして、諭介さんも私の中では唯一無二。いろんな大きさ形の面白い風穴を開けてくれましたよ。令和時代もその次もよろしくお願いします」
(A.T 2019/04/17 18:26)
→吹きぬけて行きたいわこっから先も。ずっと心の中には吹き抜ける気持ち、めんどくさいことやら、修行だなって思うことや、悲しいこと、年をいくごとに知らされる悲しいこと、包まれるたびに、なでられてるばかりでは窮屈だなと吹き抜ける気持ちが次へ連れて行ってくれてきた感じがするわ。荒野で遊びますよ、これからも。

■「諭介さんと幼馴染みの話を読んでいて、“幼馴染み”ってたとえ何十年会ってなくても会った瞬間に当時にタイムスリップしたみたいに話が弾むから楽だって母が話していたのを思いだしました。私には父が転勤族で色んな土地を転々としていたから“幼馴染み”と呼べる存在がいないので羨ましいです。

バイザウェイ!(笑) これが更新される頃はきっと時代が令和に変わってますね。思えば平成の大半、諭介さんやインザスープの音楽と一緒にいました。令和もずっと変わらず私の側には当たり前のようにある存在でありますように」
(夕陽 2019/04/27 23:31)
→んだ、吹きぬけてくよ、思えばどんな時代も音楽があって、吹きぬけてさせてもらってきて、その曲を聴くといつでもそこに戻って吹き抜けられるってすごいね。自分には元号もそうだけど時を刻むもんでもあるんだなぁと思うは音楽、自分の音楽もまた誰かの時をお刻んでたらおもしろいな。吹きぬけていきますからね、これからもよろしくです。

2019年4月6日土曜日

Vol.229「はみ出し者達があけてくれた風穴に立って」の巻

 3月、咲いた咲いた桜が咲いたよ。今年はなぜかその前に咲いてた梅の樹に目がいった。桜ほどふんわりと派手さはないけど、まだ寒さ残る中、ぎゅっと黒っぽい枝をグニャリとさせて身を縮めながら凛として白や赤っぽい花を咲かせて、黒々しい枝との対比と全体のフォルムがいじらしく見えた。かわいらしなんておもいながら。桜ふんわり咲くこの頃、いかがおすごしか。

 現在、宮崎県は延岡市のジョイフルにてこれを書いている。
 「ジョイフル」は東京ではみたことがない。九州でよく見かける、いわゆるファミリーレストランだ。どことなくデニーズからヒントを得たのではないかと思わせるとこはあるけれど、自分からすればデニーズより馴染みのあるファミレスだ。高校時代にはコーヒーとカレーだったり、ほうれん草のソテーだったりを友達と頼み、それだけで朝まで暇をつぶしたりもした。
 何もないなら帰って寝ればいいものを、なんとなくぼんやりとすごしたりして、お互いの小銭をテーブルに並べて、まだ頼めるとか言って。ある時は二人合わせて数円足らなくて、ジャンケンで負けたほうが家に取りに帰ったりして、暇だったんだろうな。
 もれなく今も、時間を持て余したような若い輩が客のあまりいない店内でだるそうに喋ってる。けだるそうな若者をみて、さらには眠そうに働くパートのおばちゃんを見て、深夜のファミレスはこうでないと、とどこか妙に落ち着いたりもして。
 もう30年近く経つのか、あの頃と同じようにあり続けてくれる「ジョイフル」ありがとう。

 そう、あたくしゃ何故に今延岡にいるかというと。この夏にイベントをするための打ち合わせにて帰京した。


 ワーーーープ!

 「帰京した」と書いてからその先をどう書こうか迷ったが、ひらめかず眠くなり思考が止まったのでパソコンを閉じて帰った。正直な話、ジョイフルでノートパソコンを開くってことがしたかっただけかもしれない。

 バイザウェイ

 4日ほど経った現在、ワープ!までの一行の間にショーケンの訃報を聞き、また新しい元号が発表された。
 自分的には友達と会い別の仕事をしたり。とっくに期限が過ぎてしまった。あぁ。その後自分的には、、

 実家近所に住んでいた幼馴染がたまたま実家に帰って来てるというので、25年ぶりくらいに会った。
 小学校に上がる前から幼馴染のガキ大将で、同じソフトボールのチームメイト。中学まで一緒だった。互いの覚えてる記憶が別々だったり、彼がピッチャーで僕がキャッチャーで、「あのチームの誰々はサインを盗んでてホームランを打たれた」なんて細かくも我々にとっては大きなことで盛り上がったり、時々「いやいや絶対そうやったって!」なんて記憶のすり合わせをしながら盛り上がり楽しかった。一時飲むと、みんなの家を回ってみようかとなり、昼間から自転車で近所を二人徘徊した。

 音のない路地を白白とした光の中、ゆっくり自転車をこいだ。たまに「ここに長屋があったがね」「あそこもなくなったか」「ここはかわらんね」「あん人ん家行ってみようか」くらいの会話であとは話さなくてもいい時間が、25年も会っていなかったのに子供時代と同じで、なんかよかった。

 変わっていく路地に昔から変わらないコケのついた壁、の横を昔とは変わった僕たちが眩しい光の中黙ったままゆっくりと自転車をこぐ。懐かしくてノスタルジックなのか、優しさに包まれてるってことなのか、流れていく時間に残酷さを感じてるのか、人の暮らしの音があまりしない路地に、でも洗濯物は静かに風に揺れていて、大きな流れの中での暮らしを感じたり。その大きさを受け止めてるのか、諦めてるってことなのか、心にたまるものが何なのか言い表せない気持ちになった。体を悪くしてずっと実家で寝ていると聞いた、3バカトリオだったもう一人の友達に会いに行った。僕はもう子供の頃のあだ名ではなぜか呼べなかった、が、何かと話しかけた。そのガキ大将の友達はそろそろ帰ろうかという頃に、昔のまんまのあだ名を2回大きな声で呼んだ。また僕たちは黙ったまま自転車をこいで元いた場所にもどり、あの頃思っていたこと、会っていなかった時のこと、これからのことを話し、夕方になると甥っ子姪っ子の子守の時間だと言うので一緒に遊んだ。

 そんな時間を過ごしたり、打ち合わせしたり挨拶回りに行ったり、友達と会合したり妹夫婦と呑んだり過ごしてる間にショーケンの訃報を聞いて、なぜかぽっかりとなった。僕は「ショーケンの映画のここが」とか語れないし、リアルタイムで「太陽にほえろ」や「傷だらけの天使」を観てたわけじゃないが、後追いでその映像を観て、自分がリアルタイムで観て感化された人たちのルーツになってたんだなと知った。映画やドラマなら画面からはみ出す感じ、音楽なら歌からもはみ出す感じ、ライブパフォーマンスも規格外、それでいて理屈抜きに「かっちょいい!」「なんじゃこりゃ」と感じた人だった。唯一無二、時代に風穴を開けたというような印象がある人だ。とても真面目な人だったんじゃないかと思う。自分の心にまっすぐで、それが時代との摩擦で爆発したような人だったんじゃないかと。いつの時代にもいる、ファミレスで何か面白いことはないかと、時間を潰してるような輩には、はたまた、時間の残酷さに肩を撫でられ何かを諦めそうになる中年男子にもたまらない存在だったんじゃないかと思う。「あの人は大変だから」と業界の人の噂も聞いたことはあったが、規格外の影響をあんなに与えた人をもっと引っ張りだすべきじゃないだろうかと何から目線だか、もどかしく思うこともあった。

 「風の子」や「夕空、焼けて」や「樹」でも、夕焼けが出てくるとなぜか「はみ出す」って言葉や「生きる」って言葉がついてきた。その頭の中の遠くを辿れば「ショーケンのように」って憧れや願望に繋がる気がする。
 ショーケンに感じるのは、規格より先に自分の心で「生きてる」ってことだったような気がする。

 なかなかどうして、焚き火ができる場所もないような規制規制の世の中にどんどんなっていってるようにも思え、はたまた規則から外れたものに対して、補正された道の上を歩いてばかりいると、足の裏になにもゴツゴツを感じず馬鹿になっていくのと同じで、ツルツルペッタンスイスイの指先に何の感触も感じない文字で、みんなで便乗、弱った魚に群がるピラニアのようにヒステリックな集中砲火、良いと悪いの間の遊びもなく、一斉に叩く世の中だとも聞き、生きづらい世の中ってのは気づかぬうちに作り上げらていくんだなぁと、気づかぬうちに自分が骨抜きにされてるんだなぁと感じたりもして。今こそあの時代に風穴を開けたショーケンのように自由を感じさせてくれる人が必要なんじゃないかとも思い、んがしかし、音楽や芸能の世界自体が「大変だから」と保身の規制で飼いならされていたら、はみ出すものには蓋をされてしまうのかとも思ったりもして。

 遠藤賢司さん、加川良さん、内田裕也さん、ショーケン、が亡くなり、新しい元号が発表され昭和がまた遠くなった。それでも変わらぬコケのついた壁のように、先人達はその唯一無二の輝きでいつの時代でも何かを思い出させてくれるんだと思う。言ってる自分も大きな時間の流れに怯え撫でられ、そういうもんだと自分で自分を規制して縮こまってる場合ではない。自分なりの真っ直ぐをもって大きな流れに抗い、遊びながらも真面目に貫けたらと。ほんで、今ある丸からはみ出し、も一つ大きくなったろうじゃないかと思いながらいざ次のライブへ。と、今月はこの辺で。

ぷっくりそろそろ咲きまっせ
チラチラつぼみの割れ目からのぞいて見えるわ花見客用に設置されたごみ箱。

でっかいな

樹。いいね。

焚き火ができる場所があるって羨ましい。

2曲目のハンバーグハンバーグにこれ入れたらハマるかなーと買ってやってみたらハマって楽し。
この笛、楽しくなりたい時におススメです。

んでできたCD,
誠人の写真とペテカンハマのデザインで気に入ってます。

裏面がまたいいなと。
加川良さんやなんかの時代みたいなとこも好き。

稽古も見せてもらったんだけど、みんなで作り上げてく空間てやっぱり好きだなぁと思った。
自分に降りかからないダメ出しを聞くのも、おっ、さすが誠人、いいこと言うっ、とか、へーそうなんだとか面白いし、ダメ出しを受ける人も反応がそれぞれで面白かった。

上京してから毎年春を知らせてくれる贈り物。叔母の作るキンカン。

同じく毎年春を知らせてくれる贈り物。延岡の空飛ぶ玉ねぎ。葉っぱも刻んで牛肉と炒めて、半分は生でいただきまして春が来て。


加川良さんの歌にはこんな角度で歌を作ってもいいんだと幅を広げてもらった。20の頃、CDを聞きまくった。「教訓」でお国のために戦争に行けと言われたら震えましょうよね 青くなって尻込みなさい逃げなさい隠れなさいと歌ったかと思えば、戦争しましょうなんて曲がある。もちろんその歌を聴いて戦争したくなる人がいるわけないような曲で。学生運動、その時代も感じられてこの人もまた唯一無二。数年前、吉田拓郎がライバルはと聞かれて名前を挙げた人。

遠藤賢司さん

この人のギターをかき鳴らし、ボディーを叩いたりはみ出しまくってるとこにはやはり影響を受けて一曲を20歳の頃に作った。はみ出し方が岡本太郎的で憧れた。日本のフォークの伝説的な存在なのに自分とも何度か対バンをしてもらい、そして自分なんかにも負けないぞというようなガッツリを楽屋でも見せてくれた。その時にもらったピック。ちょうど加川良さんと同じ2017年、自分は訃報を舞台荒れ野の稽古中に知り、不滅の男の死が信じられなかった。
  

諭介がお答え致します


■「まだラジオのエンディングでちらっと流れるのを聞いただけなのですが、主題歌がどんな曲になっているのかも楽しみだし、諭介さんの歌がお芝居の中に入って、どう聞こえるのかも本当に楽しみです!本田さんとの歴史や思い出はいろんなところで聞いたり、歌でも聴いたりしてるんですが、漫才で優勝しても、2人ともがお笑いじゃなくて演劇と音楽を選んだことにもへぇ~って思うし、大人になった今も2人がたくさんの人を巻き込む何かを一緒に作っているのがなんだかすごいと思います。2人が持ち続けている対抗意識が面白いものを作ってくれるんだなと思いました。それにしても、中学生時代の諭介さんの対抗意識は可愛いかったですね。毎回どんな変顔を目指していたのか、もしも同じクラスにいたらこっそり見てみたかったです(笑)でも同じクラスだったら、本田さんの人だかり見に行ってたかな~なんて(笑) 」
(A.T 2019/03/18 17:07)
→ですよねぇ〜でもね少数派でも自分たちだけ笑える感じは最強だったのよね。またこの夏に対抗すると思うのでぜひ観てもらえたらと。
■「セット図がなんだか可愛らしくて、いてもたってもいられずコメントします。
すごく難しく機材がどうのこうの書いたりするものだと思ってましたので、二度見しました。笑
中尾さんの秘密を見てしまった感じですね。
答えていた最近聞いてる曲が意外でした。春にはどんな曲聞きますか?」
(匿名 2019/03/21 20:01)
→あれをちゃんと書ける人は尊敬しちゃうね。春に聞く曲って、これだってのがでてこないわ。今聴いてるのはU2の「Stuck in a moment」最近レコードで聴いてて針を何度もこの曲に落として聴いてるわ、でもこれ冬のイメージなのよね。春に歌いたくなるのはインザスープの「コーヒー」ニックバッカーズの「からっぽ空き地」やね。
■「本田さんとの話は何度となく読んだり聞いたりしてるので知っていたけど、よきライバルであって友達でもあって諭介さんには少し本田さんへの憧れみたいなものも感じて・・・そういう人に出会えることってなかなか無いと思うし、何十年もその関係を築いていけるのもスゴいと思うので羨ましいです。女の友情って案外簡単に壊れちゃうし(苦笑)。「樹」素敵な歌ですね。ペテカンの舞台を通して諭介さんを知らなかった人達にもたくさん聴いてもらいたいですね」
(夕陽 2019/03/23 23:20)
→うん、憧れ癖があるのかもね。友達はなんかみんなかっこいいわ。
■「舞台「ハンバーグができるまで」観てきました。舞台のエンディングに流れる「樹」が舞台の余韻にピッタリで、曲を聴くと舞台のシーンが浮かんできます。背中を押してくれる曲だなって。
ライブでまた聞けるのを楽しみにしてます」
(柿の種 2019/03/26 11:28)
→ありがとう。作ってよかった。僕も舞台本番を2回観せてもらってなんだか贅沢だなっておもったわ。自分の歌は嬉しいんだけどどっかしら恥ずかしいような部分が少なからずあるんだけど、ピアノやギターのインストだったり、馬渕さんの鼻歌だったり、八つぁんのがなりだったりで聞く「樹」のメロディーが他の人に表現してもらって喜んでて、劇の中に溶け込んでる感じもして嬉しくおもったわ。舞台面白かったね。

2019年3月6日水曜日

Vol.228「ハンバーグができるまでができるまで」の巻

 節分が来てからが本番、ここから春ですよと季節を分ける日だとのことだけど、いつもここからが寒さ本番。節分の日を決めた人が厳しい寒さを乗り切るために早めに希望を持たせようと前倒しで設定したのだろうなと毎年思う。「お気遣いありがとう昔の人よ」なんつって思うも、今年はあったかい、本当に前倒しで春がきてますな、活動できる範囲が広がるようでありがたやです。

 そしてあっと言う間に今年も2ヶ月が経ったか、早いっぺ、この2ヶ月何をしてたんだっぺか思い出すと、ライブの他にはやはり舞台「ハンバーグができるまで」の主題歌を作っていたことが思い出される。とはいえ今も制作中でありますが、1月から作っておりました。

 これ劇団ペテカンの公演ですが、ずっと昔にも書きましたがペテカンは中学からの同級生、本田誠人が中心になって立ち上がった劇団で、結成もインザスープよりちょい早いくらいで、大体同じ頃に結成されてます。

 中学時代は同じ野球部だったけど、あまり仲良く遊んだ記憶がなく、あちらレギュラーでこちら補欠。あいた時間には誠人の周りには人だかりができていて、その真ん中で誰かを突っ込み役において漫才的なことをして、みんなを笑わせていた印象があります。自分はと言えばその人だかりを外から眺めて、何か対抗意識みたいなものを燃やしておりました。対抗意識といってもこちらは構築された笑いなど馴染みがなく、できるはずもないので、同じ地域のもの同士で、誰が一番変な顔ができるかとか変な言い方ができるか、変なことができるかを競っていたようなイメージです。

 高校に入り、同じクラスに知った顔が誠人くらいしかいなく、入学してからすぐに自然と一緒にいるようになりました。今度遊ぼうとなって誠人の家に行けば、おもちゃ箱みたいにかわいらしい家で、置いてある本やCD、小物や部屋の作りが、別世界。もともと街中に住んでいる誠人に対して、こちらは街から離れた場所に住んでいたので、そういった意味でも対抗意識があったのですが、家に入るとその別世界がキラキラ見えて憧れになっておりました。東京に住んでいるというお兄さんの話やら、親戚にフォークシンガーがいるとか、置いてあるCDや本、知っている音楽やお笑いのジャンルにも影響されて、一緒に音楽を聴いたり、映画を観たり。映画を観てると音声を消してアフレコをしようと言い出し、即興でリバー・フェニックスの「ジミー」なんかを勝手にアフレコしあったりして、あまりしたことがなかった遊びで新鮮でした。んが、やはりどこか対抗意識もあるので、一つ一つに感動しているのに、あちらリーバイスのストレートに対してこちらケミカルウォッシュのジーパンで背伸びをして平静を保っていたようにおもいます。

 何度もここでも書いて、歌にまでしているので割愛しますが、その後そんな遊びの延長で、弁当の時間がつまらないからとコントを覚えて披露したのがきっかけで高校3年間漫才コンビを組んで活動し、その後別々の道を歩いてきました。僕は音楽でインザスープ、誠人は劇団でペテカン。

 いつも横目で見ては自分の道を確かめたり、負けられんなぁと思ったり。
 そんな誠人からの依頼とあって、自分は自分のやってきたことで、またそれをゼロにして、誠人の書いた脚本を読んで、心に思ったことを投げ返す遊びができておもしろいです。
 先日、顔合わせ&台本読みがあったのですが、緊張感ある室内で誠人を中心に人が集まり、ふと、学校の教室みたいだなぁとおもい、あれから30年近く経っているのに、同じように対抗意識もあり、何かやらかしてやろうと大人になっても同じようにウズウズしたりしていてるのがおもろいです。

 舞台「ハンバーグができるまで」ができるまであと半月と近づいてきて、いよいよ明日最終の歌入れあり、できた曲がどう聞こえるのか楽しみであります。舞台、たくさんの人たちが力を出し合って一つのものをつくろうと向かい合って、たった数日。ライブもそうですが、舞台もDVDなどになったりするのかもしれませんが、やはり生モノ。同じ空間、その空気の振動で直接感じてもらえたらとおもいます。と、今月はこのへんで、いざ明日の歌入れへ、また来月に。


ある日のセット図
セット図の書き方がいつもこんな絵でいいのだろうかと まよいながら20数年。

前に開発いたしました、蒸したキャベツにオリイブオイルと塩コショウにポン酢をかけた食べ物 あらたに昆布を加えるとまたおいしくいただけました。内臓の調子が悪いときにオススメです。

海はいい

江の島の磯はやさしいです

ギターREC。けわしい顔してますが、チューニングメーターの文字が小さくて読みずらいだけですね。

銀座博品館劇場。内田裕也さんが行ってるニューイヤーロックフェスの会場でもありますね。

そしてインザスープ 、5/18にGRiPとの2マン決定!
いつもGONDAさんとはソロ同士で対バンをよくしてましたが、バンド形態での対バンは初めてで楽しみです。



諭介がお答え致します

 

■「年末、西早稲田でひさしぶりにライブ行きました。相変わらずイイ男良い曲でした。2マン楽しかったです。また見たいです。
今年は諭介さんの歌の旅にいっぱいお供したいです。
最近聞いているお気に入りの曲あったら教えてください」
(匿名 2019/02/09 21:05)
→お久しぶりということで、思い出してくれてありがとう。またぜひに。最近聞いてるのは、作るためというのもあるけど主題歌の「樹」です。か、寒い日にはDamien Riceの「I Dont Want To Change You」です。

■「いいことありましたね。「えぇまた釣りのこと~っ」っていう心の声も私にはありましたが(笑)でも、ラスト1時間で黒鯛5尾は誰も予想してなかったですよね。なんだかすごい物語を読んだ気分になって面白かったです。こうなることは最初から決まっていたのかもしれないけど、不思議な天気も磯先輩の言葉も1個1個が「最後まで諦めないこと」を思わせてくれ黒鯛に繋がったと思う方が私もいいと思います。私の「最後まで諦めないこと」最近何かあったかなぁと考たら、黒鯛を追いかける諭介さん達を少し羨ましく思い、黒鯛が引っ張るガン!の手応え、黒鯛師の心得、何か新しいことを知りたい気持ちになりました。何かを頑張りたい気持ちにもなりましたよ。何が起こるかわからなくても、桜のつぼみのように夢をみること、釣り師のように諦めないこと、そんなことを忘れずにいたいなと思いました」
(A.T 2019/02/16 17:05)
→長文よんでくれてありがとう。ほんとに曲作りと一緒だなぁと読んでておもいました。
出来上がると、最初からこういう曲、歌詞が出来上がるのが決まってたようにおさまり良く、「こんちわー」って歌詞カードに並んでるけど、そこに行き着くまでにどんだけあぁじゃないこうじゃないとやってきたか忘れそうになる、最後の最後まで粘らなかったら出てこなかった言葉をみると、諦めないほうが人生おもしろいなっておもうわね。


■「最後まで諦めない事、そうですよね。改めて噛み締めてます。
中尾さんの海の写真もすてきですね。
最後の黒鯛見てなぜかシメサバが食べたくなりました。
今年もインザスープにあいたいです!!
中尾さんのステージの服がいつもかっこいいのですが、やはりこだわりがあるのでしょうか?
もし好きなお店やこだわりあれば聞きたいです」
(匿名 2019/02/18 20:59)
→やりまっせインザスープ、5/18ね。服はこだわりないですよ。こだわれないです。けど最近はアウトドアメーカーのモンベルにハマってるかも。その機能性に感動した。寒い日雪の日やなんかにキャンプのために買ったジャンパーを着て、この薄さで全く風を通さないというだけで寒くないということにこりゃすごいとなりました。

■「私も「ええ~また釣りのこと~?」って思った一人です(笑) でも“結果じゃなくて最後まで諦めないこと”って改めて気づかせてもらえたので結果オーライです。
2019年早々黒鯛をたくさん釣れて今年は良いこともたくさん起こりそうですね。
黒鯛と同じくらいたくさんの曲が諭介さんの心の海から釣れるといいなーと期待してます♪ 」
(夕陽 2019/02/23 23:48)
→うまいこと言いますな。釣れましたよ、1曲、ぜひとも心の中で泳がせてもらえたらとおもいます。「樹」よろしくです。

■「黒鯛おめでとうございます!
海の写真がキレイ過ぎて写真だけでも癒されます。
波のでこぼこも空の色も一瞬一瞬で全く違う景色が素敵ですね。
一枚目二枚目の月の写真が豆の形みたいに見えます。諭介さんから見てもそうでしたか?」 
→豆には見えなかったよ。海はいいね、江ノ島の夜明け時も夕焼け時も本当にどことっても素敵なんじゃないかって思えるわ。

2019年2月2日土曜日

Vol.227「諦めない先のガンガンガン!」の巻

 明けましておめでとうございます。
もう1カ月も経ってしまいましたが、みんな、みんな、自分も、いい年になりますように、いい年になる気を放出していけますように、祝、2019年!今年も何卒よろしくお願いします!

 先日公園で桜の木を見ましたら、枝先に小さなツボミと言うには心もとないような膨らみを見つけて、この時期に人知れずひっそりと花咲くのを夢見て、いや、桜からすればごくあたり前のことをあたり前に準備しているだけなのだろうけど、この時期の桜のツボミを見て、人の想いや夢もぷっくりとこんな小さな膨らみから大きくなっていって、本当に咲くのか咲けるのか、わからなくても膨れてく、つのってくってことがあるんだろうなぁなんてことを思いました。春よこい、桜満開を想像してみて、あと2カ月ぐらいか、短いような長いような、さほど昔に比べたら冬も嫌いでなくなってるな、年取って神経が鈍くなってるのかなぁとも思いながら、これからが寒さ本番、極 寒も楽しんだろうと気長に春を待つこの頃、いかがおすごしか。

 今年はいい年になるぞと、去年の暮れにコンビニで立ち読みした占い本も手伝ってワクワクと年を越えて迎えた2019年、この一ヶ月を思えばすでにいい年だなこりゃと思うようなことあり。あと11ヶ月が楽しみです。何でいい年だと感じたかと言えば、今年はすでに4本のライブにて歌わせてもらいましたが、どのライブも有意義に遂行することができたことです。次へ次へと歌の旅ができていることや、この先のライブもありがたいことに決まってきていて、バッチこい呼ばれたら何処へでも、当たってぶつかれダメでもともと、元々の元は何にもなかったじゃないかボッコボッコにされてこいと、レベルアップ、次のステージに向かうべく自分を旅に出すような気持ちになれていて楽しみであります。
 そう、本分であります歌の旅もそうですが、これまたライフワークであります「釣り」に関しましても今年を予感させる出来事がありましたので、今回は主にその時のことを書きたいと思います。「えぇまた釣りのこと~っ、あんた何する人~」という声も聞こえてきそうですが、音楽にも通じて読んでいただけたらと。

 正月2日、ここでも前に書きました、磯の上で知り合った磯先輩と江ノ島へ。まだ暗いうちから江ノ島につき、釣具屋へ行き餌を買い、山を登って途中にありますいくつかの神社で2人で手を合わせ、音楽の神様にも去年の感謝をこめて手を合わせて山を越え、それでもまだ暗いうちに磯に上がり釣りの準備を始めて一時すると東の空がじんわりと滲んできて、2日ではあるけど自分にとっての初日の出、来るか来るかと準備もあせり、写真も撮って準備して、「おおっきた太陽、初日の出」とまた写真を撮り、「準備ができたさぁ釣るぞ」と振り向けばそこには富士山がドンと構えていて、初日の出と富士山の間で水平線に向いて竿を出し、今年一発目の釣り開始。結果午前中はメジナが一匹釣れて午後は海が荒れてきたので撤退。場所移動して釣るも釣れず、それでも、初日の出と富士山を拝めて、磯の上に立ててよかったと帰宅。

 磯先輩は2年前、20年近く追いかけてきた50センチオーバーの黒鯛を釣り上げてから燃え尽き症候群か、2018年は自分と正月に釣りに行ってから一度も釣りに行かなかったとのことでしたが、この釣りでまた再燃したのか「中尾ちゃん、今度の日曜もいかない?」とお誘いあり、二週間に一回行ってたらこりゃ釣りバカ日誌だなぁと思うも、なんとか行ける日でしたので今年2度目の江ノ島へ。
 2日同様に暗いうちから磯に上がり、日の出と富士山を拝み竿を出して釣り始めるもアタリもなく、それでも磯の上は気持ち良くて、今か今かと釣っていると天気雨、空を見上げれば雨雲もないのに不思議な雨がパラパラと降り、遠く水平線に虹がかかってた。それ見て「今日はいいことあるかもね」と磯先輩が言って、気持ちがまた上向きになり釣るも釣れず昼になり。
 するとポカポカとあったかくて、のどかだった海が少しずつ荒れ始め風が強くなり、波をカブるようになったのでまたしても場所移動(よく「磯釣りをしてる」と言うと、「危ないでしょう」と心配されますが、自分、田舎にいた頃より一人渡船で磯に渡りおっかない思いをしたことがあり、そんな経験を基準に判断してもまた過信慢心、海はなにがおこるかわからない、と過剰なびびりでありますので誰よりも先に撤退の判断をし、安全が何より第一で釣行しております)。

 釣り師たるものその日の波の高さ、風の強さ、干潮満潮はもちろん予報にて調べていくのですが、完全に予報は外れて、これでもかってな風が笑えるほどに吹いてきて、磯先輩は帽子が吹っ飛び、係の人が磯への立ち入りを一時禁止にするほどでした。
 その間、自分は磯の近くにある食堂に入り昼食をとることに。このお店も前に書きましたがテーブルが3つくらいしかない小さな食堂で、厨房ではおばぁさんが一人、こちらでは店主のおじいさんが一人、そのおじいさんが狭い店内の真ん中のテーブルで焼き飯を食べていました。自分は避難するがごとく店内に入りメニューを見て「カレーください」というと「カレーは今日ないんだ」と店主。カレーがないって珍しいなと思うも、ないならしょうがないとメニューを見直し「んじゃ親子丼ください」と言うと「や、親子丼もないんだ、ラーメンしかない」と言うので、なんのためのメニューだろうか、いや全然オッケー無事にラーメンを注文し、店主焼き飯を食べながら厨房のおばあさんに「ラーメンひとつー」とオーダーを通し、あばあさん「はいー、あれ、お湯あったっけ?」と気になる言葉を残しつつも無事ラーメンが通り、それをすすりながら、真横の店主に「いやー風がいきなり強くなりましたねぇ、予報じゃこんなに強いって言ってなかったですけどねぇ、あんなにのどかだったのに」的なことを言うと焼き飯を食べ終えた店主がゆっくり話してくれた。「いや、波風が荒れるってわかってましたよ」「えぇなんでっすか」と聞くと、指を指して「あれ、水平線がデコボコしてるでしょ、あれは沖の方が荒れてるってことで、そのうち手前の方に白波が立って、その20分後くらいにはこっちに来るんですよ」と教えてくれた。そう教えてもらい水平線を店内から見るも自分には真っ直ぐにしか見えず、よく凝らせばなんとなくそう見えるかなぁってなもので、予報でなくて自分で察して、微妙な違いを見て判断できるなんて、かっこいいなぁ、やっぱりこの店主とお店好きだなぁとおもった。ついでにこんな日でも釣れる場所を聞いて店を出た。聞いたその場所は前に磯先輩にも教えてもらったところで、海が荒れた時はいつもそこに行くが今までに釣れたためしがなかった。
 
 それでも竿を出せるならと磯先輩と相談して、その場所へいき、午後1時頃より釣り再開。
 波風避けれる場所ではあるが、その場所もまた荒れてきて釣れるポイントがほんの足元のわずかなスペースだけとなり、広い海の隅っこのそのまた隅っこの足元だけに撒き餌を撒き、磯の上から真下を見ながら釣ること2時間、アタリもなく時間が過ぎる。
 正直な話、先に磯先輩のことを「燃え尽き症候群」と書いたが、そんな自分も去年魚拓サイズの黒鯛を釣り、どこか釣り熱が落ち、それでも磯に上がりたく海にいたくて何度か釣行したもののどこか身が入らず、「まぁ釣れなくてもいいや、竿が出せるだけで、海が見れただけでありがたや」的な気持ちであった。しかしこの釣りに向かう気持ちが半端なままに一人釣りをしたり、途中であきらめたりした帰りなどは何か心の中にモヤっとしたものが残り、先に書いたような言い訳や慰めめいた気持ちが生まれてた。
 正月2日の日は正月だったこともあり気持ちを改めて諦めないぞと釣りに向かった。釣れなかったけど最後の最後まで諦めなかったことで気持ちが良かった。であるからしてその気持ち良さを得るべく、釣りにくい状況のこの日も想像を諦めずに攻めることができた。

 15時30分を過ぎて夕暮れ近くなり、磯先輩を見ると竿を出していなかったので、そろそろ帰りたいのかなと思い「そろそろいきますかー?」と向こうにいる先輩に聞くと「あと30分、16時までやろう!」と返事が返ってきたので改めて、足元の海ではなく全体を見てみると、さっきまで荒れていた海がおさまっていて、さっき荒れたおかげで海が濁っており(黒鯛は濁りが好きだ)これはどうにも黒鯛の予感がしたので、足元ではなくそれより沖の方へと仕掛けを投入して撒き餌を撒いた。すると数分後、すぐにウキが30センチほど沈んで止まった。例えばメジナなどほとんどの魚の場合、パシュン!とウキを一気にもっていく場合が多いが、黒鯛は一気にもっていかない場合が多い。ちょっとその場で餌を口の中でモグモグして安全かどうか確かめているのか、ウキが少し沈んで止まる。「来たっ黒鯛だっ」海面から30センチで止まったままのウキを注視し、ここで慌てずに待つ、モグモグタイムから本腰入れて餌を持っていくまで待つ。さらにウキが沈むまで待つ。「来いっ来いっ沈めっ」願いながら待つ、と、ウキがさらにスーーーっと海底の方へ消えていったので「きた!」と竿を立てて合わせると、手元にガン!と重いアタリがきた。「かかった!」と磯先輩に教えてもらった勝利の角度まで竿を立てて応戦、黒鯛の引きは他の魚と違って堂々と竿を叩いてくる、振動がガン!ガン!ガン!と伝わってくる、「黒鯛だ!」魚体を見るより先に確信し、十分に引きを味わいながら引き上げると海中でキラリと銀色が光り、久々の黒鯛にテンションが上がる。魚拓サイズではないもののタモですくって無事今年初の黒鯛を釣り上げた。
 「きっとまだいるよ中尾ちゃん!群れが!」磯先輩が斜め後ろから言う。自分は慌てて、でも取り乱さないように餌を付けて撒き餌を撒いて竿を出す。出すとまたすぐに同じようにウキが沈み、合わせてガンガンガン!今度はより冷静に黒鯛と挌闘しながら片手で撒き餌を撒く。これは前に磯先輩に教えて貰った技で、挌闘してる間に海の中で暴れる黒鯛に反応して他の黒鯛が逃げてしまわないように撒き餌を撒いて引きつけておく上級者の技。これを磯先輩の前で披露し、内心(師匠のおかげで自分も成長しました)と成長を見てもらいたく思い、撒き餌を撒きながら、なるべく慌てずに取り込み2尾目を釣り上げた。「中尾ちゃんまだまだいるよー」と斜め後ろで磯先輩。またすぐに仕掛けを入れると今度はウキがパシュ!っと海底に消えた、黒鯛じゃないのかと思い合わせるとまた竿にガン!ときて3尾目の黒鯛を。先に「場合が多い」と書いたのは、この3尾目のように例外もあるからだ。しかしここにきて、ここ3年、毎年年間通して3尾ずつ釣ってきた自分としては、この1日で立て続けに3尾も釣れていいものか、この辺にしとくかとよぎったが斜め後ろからまた「中尾ちゃんまだまだいるよ絶対!」と磯先輩。「はいっ」と次に取り掛かるも、磯先輩がさっきから自分の斜め後ろにいてコーチのように見守っているだけで、こんなゴールデンタイムに竿を出していないことに気づき「なんで釣らないんですか?」と聞くと「竿が折れちゃった」とのことで、なるほどだからさっきから釣っていなかったのかと「これで釣りますか」と聞けば「自分の竿じゃないと釣らないものだよ」と、黒鯛師としての心得も教えてもらい、なのでそのまま続行し2尾を追加して納竿。ラスト30分から30分延長して1時間で5尾。虹を見て磯先輩の言った「今日はいいことあるかもね」も繋がって、今年初めに今までを上回る釣果でめでたい結果となりました。

 結果ではなくて「最後まで諦めないこと」。よく聞いてきた言葉だし、番組しゃかりきでも高校生の部活を観ていて何度もその大事さを知らされてきたし、自分でも経験してきたことだけど、改めてその大事さが沁みた釣行2回でした。諦めていても釣れる時は釣れるんだろうけど、たまたま釣ったというのと狙って釣ったでは違うし、何より諦めないでいると五感が敏感になって全部が繋がるような気がします。集中して足元だけに撒いていたあの撒き餌もきっと効いていたんだと思います。諦めないでいるとアンテナが敏感になって自分で想像する、工夫する、それで結果がなくても次はどうしようかと考える。自然と思い描いてる自分の道の方へ、全く関係のないことも含めて、ラーメンも前回の釣行も、日常生活の全ての出来事が繋がっていくものなんだなぁと改めて思い、これまた音楽にも通じることの一つだなぁと、次はまだこの世にない曲、自分のなんとなく頭の外にあるイメージを諦めずに、一旦手放したりしつつも求めて全てを繋げて、来たっガンガンガン!とまずは自分の心に伝わってくる曲を釣りあげられたらと思いながら、今月はこの辺で。長文失礼、最後まで読んでくれてありがとう。


正月2日、江ノ島の山を越えて、三日月状の月と右下に金星アリ。
それを見て何度も、お酒みたいだなぁ、おちょこから一滴、お酒がしたたり落ちてるみたいだなぁと磯先輩。

じわりじわりと滲んできて

月と金星遠くなり。

きたきたきました初日の出

振り向けば、富士山と磯先輩。

コンソメや味の素、化学調味料をなるべく使わないで野菜のスープに挑戦、2日目でやっと、美味しいかなってとこまでたどり着き。

大久保海太さんのコロナセッションを龍之介さんと観に行き飲みに行き。

tvk本社に貼られてるポスター。
リニューアルの時期で、撮影があるとわかってて、いや、わかっていて逆に気合が入りすぎて散髪屋に注文したのがこの髪型で、今思うとなぜこのタイミングでこんな髪型にしたのか、そして何がそんなに面白かったのかと見るたび思う。でもいいポスターすね。

そして2度目の釣行。
マイ竿。

やはり江ノ島の磯が好きだ。
江ノ島の磯は優しい。
何が違うかこないだ聞いた。
江ノ島の磯は低い。
低いのでしょっちゅう波に洗われてる。
洗われると、磯が丸くなる。
他三浦海岸などに行くと磯が高くて洗われていないので磯が尖ってる。
洗われないので水が溜まるとずっとそのままで、異臭がして、虫がわき、ボウフラ、アブが発生して、虫さされも大変。気が悪くなるからか、地元の人たちのゴミのポイ捨てが目立つ。
江ノ島はそのあたりも観光地だけど、きれい。
気がいい。僕が携帯なら充電の場所だ。
写真は少し荒れてきた頃。

5匹釣れて2匹リリースし、3匹持ち帰り。
この場でウロコを取り、内臓とエラを取って、空に放り投げてタカだかワシだか
トンビだかが空中でキャッチ。釣り人の行動を遠くから見てるんですね。
富士山と黒鯛。めでたい写真だ。

そして気を洗った翌日、いよいよ、舞台「ハンバーグができるまで」の主題歌作り着手。
どんな曲を釣り上げられるか、引きずり出せるか、楽しみです。

釣った黒鯛は磯で下処理をして磯先輩に教わった通りに海水で湿らせたタオルで包んで持って帰り、そのまま冷蔵庫に入れて、1週間寝かせて、塩水につけて、干して干物にしていただきました。写真はあまり美味しそうに撮れてませんが、美味でありました。






諭介がお答え致します



■「新しい年が始まりました。中尾さんを見習って去年を振り返り浮かんだ言葉は「歩」、3歩進んで2歩さがるというか自分の思うようにはいかないとしても一歩一歩という感じの1年だったなと。そして今年は「変」。年明けから何かしら落ち着きのない始まりになり、色々ありそうな変わっていくような年になるのではと。
去年同様、今年も中尾さんの歌の世界を堪能させてもらいます」
(柿の種 2019/01/17 23:54)
→3歩進んで2歩さがって、一歩進んだ上に道が硬くなりそうね、力強いっ。

■「もうだいぶ過ぎてしまいましたが、明けましたね、おめでとうございます。去年の漢字一文字は個人的にも納得の「災」。今年は去年の分を取り戻すくらいのいい年にしなければ!するぞ!と思っていたところにインフルエンザになりました(笑)今年の漢字は、諭介さんの「締」を見て「緩」に今決めました。どちらかというと身体も頭もかたいので、それくらいの方がいいんだろうなと。「ゆるやかに」「ゆるく」頑張りすぎないくらいに頑張ろうと思います。気を引き締めて歌う諭介さんの緊張を緩めてあげられるくらいニヤニヤしながらライブを楽しもうと思います。ベーシックはバカでも(この表現じわじわ来ますね。笑)一昨年はお芝居、去年はピアノと毎年何かしらで驚かせてもらっているので、そのあたりも緩く期待しています!そして、今年もたくさん老後の楽しみを増やしていってください!今年もよろしくお願いします」
(A.T 2019/01/21 17:08)
→うむ、今年も早速老後の楽しみになりそうな予定がじゃんじゃん入っとりますで老後のためにも一個一個立ち向かわなきゃです。ゆるーくお楽しみに。

■「かなり遅れましたが、明けましておめでとうございます。私の今年の目標漢字は「穏」。一見つまらなさそうに感じるけど平穏無事が一番の幸せかなって。そう感じてしまうのは歳をとったって事かもしれないけど(笑)あまり欲を出さずに日々の小さな幸せを大切にしていきたいなって思います。でもたまには飛び上がるような幸せも欲しいのでそれは諭介さんのライブからいただけたらと・・・。今年もどうぞよろしくです」
(夕陽 2019/01/24 23:37)
→おいっす、今年もよろしくです。今日、靴を磨いて気持ちよかった、幸せとか喜びとかがだんだんそんなことになってきました。来年あたりは盆栽してるかもしれません。

■「中尾さん、明けましておめでとうございます☆
今年もよろしくお願いします。
今年の自分の漢字は「美」です。ど真ん中に輝いてます。美しくなりたい!です。
中尾氏自身の静かな所と手を握り締めるライヴお楽しみに、スターのエナジーをもらいに、時々お伺いしたいと思います。(諭介くんに生きる気合い、負けてらんないって奮起する自分がいたりします、。)

手帳、素敵な思い出がいっぱいですね」
(たかの 2019/01/26 12:39)
→美、いいですね、いつも心ん中に感じていたいもんです。寒さ真っ盛り、朝焼けが綺麗なこの頃です。