2018年5月30日水曜日

Vol.219「2018年5月、鯉のぼり、のぼれ」の巻

 五月、もう完全に初夏と言っていいでしょう。真っ盛りの初夏です。徐々に湿っぽくなってきましたがまだまだカラっからのいい季節が続いてる。梅雨前、いかがおすごしか。

 最近は家で映画をよく観る、映画っていいですね、さいならさいならって言ってた人の気持ちが少しわかってきた。例えば何にもしないでボーっとしていると罪悪感が溜まってきて気分が焦るけど、映画を流してぼーっとしていると別世界がそこにあるからか罪悪感が薄れてぼーっとできます。その映画が面白かったりするといつの間にか集中して観られて感情移入したりして、こんなこともあるのか、あったのかなど、うわーなんつってイリュージョン、心の旅ができたようで、なんだか膨らむような気がして、観ていただけなのに経験が増えたみたいで面白いです。ところが自分、映画のタイトルや俳優の名前などを覚える容量がないのか、なんせぼーっと観てますからほとんど覚えておらず、勧められた映画を観てみれば「なんか懐かしいかんじだなぁ、あ、観たわこれ」なんてこともよくあったりして、それも面白い。面白い映画ではなくても流しておくだけでよく眠れたりして。ともあれHULUやTSUTAYAはありがたいシステムだなぁとおもいます。あれだけの映画や音楽を取り揃えていてくれたら今の自分にぴったりの映画が何かしらあるだろうと。この先、どんな状況にあっても心を逃がしてくれたり、膨らませてくれるものが一つはあるだろうと。まだ出会っていない映画に出会えるだろう楽しみで、未来に希望がもてます。映画、音楽、演劇、本。人の生活になくてもいいものと言えばそうなんでしょうが、自分はなんども力もらっていて、時には「なんだこのパワーはやったるで!」と心を震わせ感動し、この気持ちこそ全て、我無敵なり!な気分にもなり、あってくれてよかったとおもうものです。

 そこにきて5月、話は変わり、変わるようで繋がってもいますが、子供の日の鯉のぼり。この鯉のぼりを見る度に、子供の頃に見て感じていたものとは違うものを感じるようになりました。ここでも何度か書いていますが、2011年3月11日、東日本大震災が起き、自分自身も東京にいて揺れを体感し、震えてくるような怖さを感じましたが、親戚が気仙沼におり、映像をその日の夜に見て連絡がとれなかったり、とれても何もできず、あたふたして過ごし、数日後のバンドの練習などそれまでと同じようにと努めるも、ニックバッカーズのみんなと、それまでと違いどこかやはり力が入っていたのをおもいだします。停電などで予定の空いてしまったライブハウスからお声がけいただき歌わせてもらったりと、こういった緊急時に、やってきたことで人と繋がれるのはありがたいことだとおもいました。
 ですが、一ヶ月後にはライブハウスの方より石巻でボランティアスタッフをやるとのことで自分も誘ってもらい、カッパをきて泥かきを手伝わさせてもらいました。そこで見た状況や九州の友達、いてもたってもおられず何かできないか、何をするべきかと話をしてた友達、色んな人の顔や想いが浮かび、与えられた区分の泥かきに力が入りました。その日の夜にボランティアスタッフ本部のほうから、翌日、避難所で歌ってみてくれないかとのことで歌わさせてもらうことになり、夜中、ハイエースの中でどんな歌がいいだろうかと携帯で数曲、歌詞とコードを確認し翌日に備えました。学校の体育館が避難所になっており、自衛隊の方々が炊き出しをしていて、避難されてる方々が並んでいるとこで歌うことになりました。ボランティアスタッフの方から聞いていたのは、そこで避難生活をされてる方々が音楽などに耳を傾けられる状態にあるか、まだそういった状況ではないか、これから先に演奏会などを開いてもいい状況かを知るためでもあるとのことで、本当に自分がここで歌っていいのかわからないまま歌わさせてもらいました。自分には想像できないだろうことをまのあたりにした人たちの前で、もしかしたら迷惑になるかもしれないと思うと、声帯が締まり、中々出ない声を振り絞るしかなく、それでも続けて歌っていると、「コブクロはできませんか」とリクエストをもらい、できないのが申し訳なかったのですができないので「できないんですよ、すいません、他に何かリクエストはありませんか?」と言うと「じゃあGLAYは、平井堅は」と次々にリクエストをもらうもどれもできず「じゃあ長渕剛のとんぼは?」と言われ「できますっ」とようやくリクエストの答えることができました。歌い終わると拍手をいただき、「ちょっと前だったら歌なんて聞ける状況じゃなかったけど、数日前に校庭に鯉のぼりが立って、それでみんなの気持ちが少し前にむいたのよ。だから歌が聞けるようになったの、どんどん歌って、体育館中を歌って歩いたらいいじゃない」と言っていただき、「上を向いて歩こう」を歩きながらギターを弾いて歌いました。そのおばさんが話してくれた鯉のぼりの話にも力をもらい、精一杯声を出して。一緒に歌ってくれたひと、手拍子してくれたひと、この時期、鯉のぼりを見ると、その時のことを思い出します。それまで鯉のぼりに対しては、子供心にワクワクしたことを思い出したりもしてたとは思いますが、大人になったからか、あまり何も感じていなかったようにおもいます。この避難所でのことがあってからは、毎年、街中で見かけると見入り、誇らしく、キラキラと見えて、「鯉のぼりってすげぇなぁ」と思うようになりました。

 またその時期、石巻は桜が満開で、石巻を見渡せる山の上に行くと、きっといつもなら花見の人達で賑わってただろうところに自衛隊の方々とボランティアスタッフが行き交っていて花見どころではない状況でしたが、そんな満開の桜の中、お母さんと子供が二人でブルーシートを敷いてお弁当を食べてた非日常の中での風景。桜を見るとその時の親子を思い出します。

「歌なんて聞ける状態じゃなかった」「鯉のぼりが立ってから」の言葉。7年。時間が経つにつれて忘れていくこと、逆に鮮明になってくること。あの時見た景色、おもったこと。話をしたひとたちのこと、時間が経っても逆に大きくなるおもいがあるだろうこと。当たり前のことが当たり前じゃないということ、まだ終わってないということ。声帯が締まったこと。ふるえたこと。歌には何もできないと知らされたこと。歌うのにも聞くのにも、音楽の前になければいけないことがあるということ、自分はそんな日常の上に立って歌わせてもらってるということ。忘れていないようで忘れていたこと。この時期、同じことをここで何度か書いてると思いますが、鯉のぼり、今年も力強く見えて思い出すことがありました。きっとこれからも鮮明に見え、思い出させてくれるんだとおもいます。自分は自分のやるべきことをやり、やり続けられるように、守りに入らず、失敗を怖がっても逃げず、あたってぶつかれ勇気を使う方を選び、いつも初めての歌に胸膨らませて、日常を力強くしていけたらと思いながら今月はこの辺で。




リハ休憩時の吉田くん。
うまい寿司食べて日本酒ちびちびいける大人になりました。
青物(コハダ)と水(やわらぎ)
これで日本酒がいけるようになりました。

リハ中の吉田くん。

収録にいくたびにポスターみておもう
笑いすぎや。

お-ゴッド!
甥っ子と友達

釣り仲間の添野さん
オリジナルラブの人の物真似だそうです。

早朝野球
というか 最近 携帯の写真がぼやぼやしていて
しかも 送るときにサイズを小さくしないとおくれなくなったので なおぼやぼや していて
飼い主に似るんでしょうか
ガラケー換えどきでしょうか。

さて そして
6/20
マイバースデイ
年に一度の
ワンナイトスタンド
こちらに向けて しこしこと曲作り中であります
平日ど真ん中ですが 何卒
平日の景気付けに よろしくです。



◆諭介がお答えいたします
■「私もおめでとうばぁさんになりたいなぁ~って、読んでて思っちゃいました。カズヤンに似た人が小学生の時に近所に居て、角のオッチャンって呼んでたんだけど、角地にあるボロッボロの家に住んでて、 みんな近寄り難い感じで、家の周りは草ボーボーなんだけど、グズベリーの実も沢山なってて、全く手入れされてないけど、所々に咲くお花がキレイで見ていたら、『これ、甘くて美味しいよ!』って、グズベリーの実をくれて、食べたらほんとに甘くて、それまで酸っぱいのしか食べたことなかったから、感激したのを思い出しました!何故かオッチャンの選んでくれたのだけが甘かったので、今思うと、元々は良く手入れして大切に育てていたものだったのかなぁ~と思います。 宿はかろうじてあったけど、今の前にリヤカーもあったなぁ~とか思い出しました。 昔、檸檬の公開生収録を代々木公園でやった時に、なかなかその場所にたどり着けずに迷っていたら、段ボールのお家の方達が楽器を持っていたからか、会場まで連れてってくれたのも思い出し、優しい人達にいっぱい助けられてきたなぁ~と春の陽気のようにあったかい気持ちになりました。中尾クンありがとう♪ 」 
(まぁ 2018年5月2日 0:42)
→ほ-、あの時代々木公園でそんなドラマがあったのね。いい話や。角のオイチャンはしってたんだね、甘くておいしい実を。

■「今あだ名を付けるならパンジー。だいたいバスのりばの花壇のところにいて、昼間は花壇に咲く色とりどりのお花に水をあげたり、周辺をほうきで掃除しています。夜になるとバスのりばのベンチがベッドになるみたいです。自分がお世話になっている場所だから掃除しているのか、綺麗好きな人なのか。風貌や見た目で「こわい」はあるけど、私も今これを書きながら優しい人なんじゃないかと思いました。誰かと話しているところも見たことがあるので、カズヤンほど孤独ではなさそうですが、ひとりが淋しかったカズヤンは子供達に「ギャー」と言われる存在であったことをもしかしたらこっそり楽しんでいたかもしれなくて、いやそうであったらいいなというところまで想像を膨らませてみました。ただこんな形で話題にされるとは全く思ってなかったでしょうね(笑)おめでとじいさん、今年は「初夏でしょか」が早めに登場してきましたね!もうすぐインザスープライブ。おめでと!」
(A.T 2018年5月16日 17:11)
→おめでとありがと。うちの近くも公園でずっとホウキで落ち葉を掃いてる先輩いるわ、一生の仕事と決めてか、好きでそうしてるのか、かっちょよくさえみえるわ。 


1 件のコメント:

  1. 大人になってからは私も特に何かを思うことがなかった気がしますが、諭介さんのボランティアでの体験話を聞いてからは、なんだか鯉のぼりが誇らしく見えるようになりました。前よりちょっと好きになったような気もします。聞けてよかった話です。今朝また関西で大きな地震がありました。地震は今やどこでも起こり得ることなのに、いつになっても慣れないし何とも言えない気持ちになります。お互いしっかり備えて気を付けなければいけないですね。諭介さんが映画で無敵なり!と思うのと同じように、私も諭介さんの歌やライブで強くなれるときがあります。それがなくても生きてはいられるけど、あったら頑張れるもの、元気になれるもの、水や食料とは違う栄養を与えてくれるものもきっと人には大事なんだろうなと思っています。怖い思いや不安な気持ちと戦う歌を諭介さんの声で聴きたくなりました。

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