2017年6月1日木曜日

Vol.207「2017年5月、西尾の風」の巻

風サラサラして新緑、何度も感じるが、梅雨に入る前のこの時期が一番気持ちいい、いい季節なんじゃないかしら。気持ちがいいね5月、いかがおすごしか。

先日、インザスープの「ザ・ワンマンショー 2017」が終わったばかり、この季節のライブ汗はサラサラと乾いて身にまとっても気持ち悪くないし、余韻を着ていられるようでシャワーを浴びたい、風呂入りたいとおもえない。気持ちわるいどころか気持ちいい。さすがに人に会うとなれば洗い流すけんど、会わないなら3日はいけるね。今回は2日後にライブがあったから、その日まで気づけば入ってなかった。ってあなたなんの自慢ですか。何が言いたいかと言えば、汗の成分もそのときの心境やなんかで変わるんだろなってこと。なんとなくそんな気がします。いい汗、気持ちのいい汗ってやっぱりあるね。そんなこと思えるいい日でした。528日「ザ・ワンマンショー」この日に向けて応援してくれたみんなに感謝です。ただそこに向かえる場所、向かえる自分事があって、そうやって過ごす日々があるってのは幸せなことだと実感できました。ありがとう。

そんなインザスープ、1996年に結成して3年ほど自分達だけで活動していたとこに、いくつかの事務所の方々に声をかけてもらうようになった。当時、「事務所ってなんだ?」「レコード会社ってなんだ?」「デビューするためになんで二つが必要なんだ?」なんにも知らない頃。色んな人と話をさせてもらって徐々にわかってきた。この連載のvol.199でも書いたけど、そんな中で僕たちはライブハウス新宿ロフトが立ち上げていた事務所、ピンクムーンでお世話になることになった。前にも書いたけど、それまで音楽業界に対しては、昔の人が写真を撮られると魂を抜かれると思ってたみたいに、気をつけないと骨抜きにされてしまうといったようなイメージがあった。これからお世話になるということで慎重になり、100の質問と題して会うたびに「どうして声をかけてくれたのか」「どんなビジョンがあるのか」などなど、今おもうと大袈裟な感じだが、当時は何も知らなかったのでそうするしかなかった。そんな僕たちの質問に楽しそうに、誠実に答えてくれた。思い描いてたイメージとまったく違って、同じ目線でお互いの意見が交換できて一緒に笑えた。

新宿ロフトと言えば日本のロックの歴史に大きく関わっていて、革ジャンにブーツにリーゼントにモヒカン的なイメージもあったけど、社長はそんな歴史の中にいて短パンにTシャツ。時代がどうであろうと自分が疑問に感じたことは「なんでなんで?」と子供みたいに疑問を投げかけた。投げかけるだけじゃなくて調べて自分なりのやり方をみつけて実際に動いて、ライブハウスが事務所をかまえるってこともそうだけど、新しいことを生み出していた。こちらが聞くまでは自分から昔話なんかしなかった。いつも先を見てた。そんな社長だったから、僕らは今思うと貴重な経験をたくさんさせてもらった。前にも書いたけど、デビュー当時、渋谷の大画面では僕らのPVが流れ、売り出してもらってる時に僕たちは愛知県の海沿いで焚き火を囲んで海の風に吹かれていたり、社長と一緒に釣りをしたり。もちろんライブをして、学校や老人ホームをみんなでまわった。そんな自然と音楽が直結しているような環境にいさせてもらった。僕が釣った魚より自分が釣った魚のほうがちょっとだけ小さくて、本当に悔しがり釣った魚を叩いて伸ばそうとしたりしてた。練習したり、スタジオに籠ることより、遊ばなくちゃって。休みなく全国をまわってた僕を一週間、屋久島にいさせてくれたり、「それはちょっと違うんじゃないか?」と僕に教えたくれたことのいくつか、その声が自分の中にある。

レコード会社との契約が切れて自分たちでまたやっていくとなって、最後に社長と会って別れた背中も、そのあとも、実家の宮崎で災害があれば「お母さん大丈夫か」と電話をくれたり、震災の時も電話をくれたりしたことも。ニックバッカーズではフェスに出させてもらったり、会えば相変わらずの口調で「どうよ最近」と声をくれたり。僕たちは大きな影響をもらって、そして守られてた。離れてもそれは変わらず、あとになって気づかされることがたくさんあって大きすぎる。もう少し自分があの時がんばれなかったかと申し訳ない気持ちや後悔もある。同じ夢をみて、引っ張ってもらって、友達みたいにはしゃいで、何も言わず父親みたいに守ってくれてた。そんな社長の訃報を5月の半ばに聞いた。社長の地元愛知県、告別式に行った。その昔、みんなでよく行っていた西尾の風の匂いにつつまれると、それが優しくて、どうしようもなくなってしまったけど、眠ってる顔をみてもわかりたくないのか、わからなかった。お別れをしにとはいうけど、なんにもお別れできる気がしなかった。どっかではわかってるし、どっかではわからない。そのあとにみんなで昔焚き火や釣りをした西尾の海に行った。サラサラした海風が気持ちよかった。どこにもない海、白い浜辺に静かな波、そこにいて、やっぱり僕の中に生きてた。変わらずこれからも自分の中で「やっちゃえ、やっちゃえよ」って、「遅いよ、遅いっ」って、「いいね、いいね、ナイス」って、なんども自分の中で会話するとおもう。一緒にまた、なんででもいいからワクワクするようなことがしたかった。もう少し胸張っていろんなことを報告できてたらとおもうけど、そのイズム、DNAというか、もらったものを受け継いでいけたらとおもう。





訃報を聞いてリハ-サルへいき 翌日、早朝3時半から約束してた釣り仲間の豪ちゃんと磯先輩と江ノ島へ。 その日にお通夜が愛知県で行われるとのことで、釣りなんか行ってていんだろかともおもったけど、約束していた釣りに行った。 やはりどこか力が入らんかったが、五時につき、山をこえ。6時半ぐらいから釣り始め。 9時すぎくらいになり、磯の上から明日の告別式の打ち合わせを電話で吉田くんとしている最中に ウキがす~っと沈んで止まって 「ちょっとまった、きてるかも、あ、ごめんいま釣りしてるんだわ」 なんて言ってると ウキが更に沈み 「きてる!ごめん!かけ直す!」 と携帯をきってぽけっとに入れて 格闘し つり上げた魚が写真のクロダイ42センチ自己最高新記録 正月以来ずっと釣れていなくて ここにきて、久しぶりの対面 しかも自己新記録 クロダイ釣りしてた社長 翌日告別式行ったら釣りの帽子かぶってた社長 ロビ-にメモリアルの写真の中で同じくらいのクロダイを釣り上げてた社長が 釣らしてくれたとしかおもえない大物でした。

磯で米炊いて

なす焼いて 貝焼いて 肉食って

曲順もきまってきて

リハ終わりのハチと吉田くん

今回もお世話になりました いてくれて安心大介田中

しゃかりスタッフの皆様より ありがとうございます。

打ち上げにて レコ-ディングエンジニアのおさむさんとピンクム-ンの1000%先輩

二日後、かりあげと主催者のカズくんと 後は中村さん

インザス-プワンマン 来てくれたみんなありがとう ジュテ-ム イン 新宿ロフトにむかって 今年ももう後半戦、大阪、名古屋、札幌へと楽しみたおしていきまっせっ。






♦諭介がお答え致します



□「加川良さんのことを知ったのも諭介さんが歌った歌からだし、井上陽水さんの氷の世界も河島栄五さんの時代おくれも、私はみんな諭介さんから教えもらった気がします。そして、諭介さんの歌う昔のフォークソングが好きです。今回のコラムでは歴史まで教えてもらって、しっかり人から人へ伝えてもらっていますね。昔の曲なのに、今聴いてもいい曲だなと思えるのは、時代が変わっても生きている人の中になにか変わらないものがあるからですよね。そんなところはインザスープや諭介さんの曲にも通じるななんて思ったりします。加川良さんの言う「少しずつわかってきました」とは違うかもしれない けど、聴くたびに少しずつわかってくる曲もあるし、私にとっては諭介さんのすごい曲、いい曲も人に伝えていって欲しい歌です」
(A.T  2017年5月18日 18:09)
→ ありがとう。僕もフォークソングをつたえられてるようで嬉しか。

□「幼い頃にテレビやラジオからよく流れていて、その当時は意味もよく分からないからなんとなく聴いていたけど、大人になって改めてちゃんと聴いてみて「良い歌だなあ。」って感じる事ってありますね。 諭介さんが歌わなかったら知らなかったかもしれない加川良さんや吉田拓郎さんの歌、諭介さんが歌うとそれが「諭介さんの歌」になってるから面白いなーっていつも思ってます」
(夕陽 2017年5月20日 23:32)
→そうそう、フォークソングや動揺が好きなのは誰が歌ってもその人の歌になれる幅が広いことも一つあるね。

□「加川良さん。Youtubeで聞いてみました。歌の内容もさることながら、とっても素敵な歌声でした。 歌って聞く時によって全く違く聞こえるから不思議ですね。 ずっと語り続けられるものは、時代が変わっても人に響きつづけるんだなぁ~。というか人ってそんなに変わらないのだなと。皆同じ事で悩んで恥じて生きたんだなと。勇気が沸いてきました(笑) 中尾さんのルーツを知れて、中尾さんの歌の奥行きが深くなりました!ありがとう!」
(Yuka 2017年5月21日 0:24)
→いいよね~声いいよね、一語一語に説得力あるね。生まれて死ぬまで~つきまとうのは~悩みというものだけなのですよ~♪

□「中尾さん、こんにちは。加川良さんの動画を拝見しました。親しみやすい風貌より沸き上がるエナジーが、なんとも凄くて驚きました!大らかで愛のいっぱい詰まってる歌声、独自の文化で日月を経た魂の盤石な歌詞、フォークシンガーの方々に一目置かれる存在であるところは納得です。また、中尾氏の迸る血とかアイデンティティとか音楽と向き合う熱意を、音楽を通しての人生観などを、すこぶる感じた記事でありました。  本田さん、強いですね。健康の有難さ大切さは、体を労ることについて無頓着だった自分も、アラフォーになってだんだんしみじみしております。中尾さんは健康ですか?」
(たかの 2017年5月28日 12:38)
→愛こもってるよね、歌詞も言う通り独自の世界観でこれぞ歌って感じがするわ。加川良さん、聞いてくれてありがとう。誠人、強いね、出会ったころから何かに向かう時の力がすごいのよね。ぼかぁ健康よ。  

2 件のコメント:

  1. インザスープが学校ツアーをするという頃、私は仕事をしていたので、学校だけなんてずるい!会社にも来て欲しい!とお願いしたことがあります。今思えば、なんでそんなことをしたのか不思議ですが(若さって怖い!笑)事務所宛か社長宛に連絡をしたんだと思います。そして、こんなわがままで困ったお願いに社長さん自ら返事をくれたことを、先日ここを読んで思い出し返事を探し出しました。当時は気付かなかったけれど、今読み返すと、"先を見ていてくれた"のかなと思うことがそこにも書かれていて、どういう人だったのか私は知らないけれど、諭介さんが、どっかではわかってるし、どっかではわからない。って思っていることにはどんなふうに一緒に考えてくれるんだろうと想像してしまいます。そんな5月半ばの出来事すぐあとのワンマンはとても心に残る良いライブでした。

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  2. しゃるろっか2017年6月20日 21:43

    私にも今は亡き恩師がいます。亡くなっても、中尾さんがワンマンで言ってた「ティンカーベル」みたいに、耳元でアドバイスもらってる気になることが結構あります。中尾さんの社長もこれからも相変わらず「やっちゃえ やっちゃえ」と背中押しに現れたりするのではないでしょうか…(´v`)

    どんどん汗かく季節になってきましたが、中尾さんの寝床は床に布団直敷き派ですか?それともベッド派ですか?私は優柔不断というか気が変わりやすいというか、部屋の模様替えをちょくちょくやりたくなるので、大きな家具をなかなか買う気になれません…という、布団直敷き派です。

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