今日で6月も終わり2026年が半分過ぎた。春から、梅→桜→チューリップ→ツツジ→紫陽花と、自分の中で勝手にバトンを繋げていた、季節の移ろいをその体全部で表してくれた花たち。紫陽花は今少しずつ枯れていってるけど、枯れてからも錆びていくような感じが美しく感じる。長く楽しませてくれてありがとう。しかし、雨や台風だったり地震だったり気圧だったり、何もなくても荒波乗ってる気分ですが、いかがおすごしか。
加えて自分の6月は、誕生月だからか音楽の神様から「超えてみなはれ」的なプレゼントに違いないと何度も思った、一個一個のライブが全部違った色で、濃くゴツゴツしていて、険しい岩の山を次から次へと登っているようだった。そのためか6月の最終ライブを26日に終え、やり切ったと体が安心したか、翌日から喉イガイガになり、また翌日には鼻水ツツツーと流れ出して、こりゃ夏風邪ひいたわいとなり、病院へ行き薬をもらって、熱はないけど頭がぼう~っとしているのが続いていて、これはこれで気持ちがいいななんつって、ノーガード。身を任せてぼう~として、丸くて近くて黄色い月のせいでもあるかとも思ったりもして。こんな時は寝るに限るのであるからして、今回はノンストップで6月を振り返り、だだだぁと駆け抜けて書き、寝たいと思う。レッツゴー。
そう、6月6日、新宿LOFTの50周年企画として組まれた2マン、相手が友川カズキさん。
僕は卒論で日本のフォークソングについて書いているからして、調べていき面白そうだなと思ったフォークシンガーは大体聴いてきたのだけど、当然友川さんの名前にぶつかり、逸話などに惹かれてCDを買って聴いたらば一発で他の人とは違って、荒削りナンバーワンであった。遠藤賢司さんや泉谷しげるさんと通じるはみ出し感があるが、その中でも一番尖っていた。尖り過ぎていて何度もは聴けなかった。「なんだこれは!?」といったびっくりが勝っていた。何度も聴けないが、何年に一度か聴きたくなるし、棚にCDがあるだけで「僕は友川カズキを知っている、この世の芸術の一つを知っている」といった心持ちであった。そもそも年代的に高校大学と、周りにフォークソングを好んで聴いている人がほとんどいなかった。僕は長渕剛から遡り、そこへ行った。周りがBOØWYやユニコーン、ミスチルを聴いていた世代にいて、逆行して遡っていたんだけど、引け目がないどころか、遡ることは自分だけのルーツの旅をしているようでもあったし、先人達の歌は普遍的なもので古くならないし、時代を超えて刺さってきた。それをたった一人で、自分の言葉で発しているところにフォークシンガーのかっこよさを感じた。そうやって音楽ルーツを自分なりに辿ったことが、今まで音楽を続けてこられた要因の一つでもあると思う。その中に友川さんはおり、初めて聴いた20代頃にすでに自分の中で雲の上、伝説の人であった。
そんな人との対バン、2マン。決まった時からその日に向かって緊張した。近づくにつれて、ジタバタしてもはじまらん、僕は僕だと、やってきたことをぶつけるだけだと自分に向かった。当日は昼12時開演、10時10分小屋入り、友川さんの方が先に入り、自分の入り時間には友川さんがリハをやっている時間帯で、ロフトの扉を開けたら友川カズキさんが歌っているのか、すごいパワーだろうなと身構えて歌舞伎町を歩きロフトへ向かい、いざロフトへつき、会場の扉を開けた。すると友川さんは椅子に座って出かける支度をしていた。近づき挨拶をすると丁寧に「友川です、よろしくお願いします」と挨拶をしてくれて、もうリハーサルは一曲で終わらしたとのことで、ニコニコと「それじゃちょっと呑みにいってきます」と、冗談を交えながら秋田訛り全開でスタッフ陣と呑みに出ていった。まだ午前だというのに、呑みにいくのが嬉しそうに出ていった。いい人でよかったと気が楽になり、リハをやって楽屋で待機していたら友川さんたちが帰ってきて「いやぁ安かったから思いのほか呑んだな、安いってだけで旨いな」と上機嫌だった。その中には高校時代のバスケットボール部の後輩にあたる方などもおり、友川先輩には高校時代に大変お世話になったんですと、冗談を交えてみんなで話してくれた。70代の方々が、今も友川さんに恩を感じながら高校時代の縦社会を守っているのが新鮮だった。
僕が出番を終えて楽屋に戻ると、友川さんは「表で聴かせてもらいましたよと」と言ってくれた。続けて「お笑いをやっていたんだって?」と、そこから友川さんはお笑いが好きだとのことで「和田まんじゅう」や「たくろう」「エバース」のここが好きという話になり、途中スタッフが呼びにくるも「今お笑いの話をしてるんだよ」と、スタッフもそれならしょうがないかと引き返していって話は続き、友川さんのタイミングで準備がはじまりステージに上がっていった。僕も表で聴かせてもらったけれど、冒頭は昨今の政治についての指摘、想いなどのMCから入る形で、それもやはり僕にとっては学生運動の時代を想像して聴いていたフォークシンガー達の反体制的なパンク精神が息づいているように思えて、合点がいった。そこから歌われた曲達、繰り出される、日常の中にある情緒、孤独、狂気。中でも「ひとりぼっちは絵描きになる」「生きてるって言ってみろ」の言葉が残った。一人の孤独が全世界の孤独に芸術で線を通すような、暗闇の中の光だった。
ライブ後、会場で打ち上がり、別店で打ち上がり、会って挨拶してから帰るまで、歌以外はひょうひょうとしていて冗談ばかりだが、酒を呑んでても友川さんはずっとかっこよかった。演劇「荒れ野」で長く一緒にいて、二人でよく呑ませてもらった、当時73歳の小林勝也さんしかり、以前ライブを観た泉谷しげるさん、友部正人さんしかり。70代でギラギラしたものを胸に持ち、いたずらっ子のように笑い、尖っていてかっこいい人をみると希望を感じる。実際に会うまで、友川さんを知らない人に説明をするときには「伝説」という言葉をよく使ってたけど、会ってみると伝説という言葉は失礼に感じた。魂が転がり続けていて、今現在も走り続けている人に似合わない言葉だった。今も曲を書き続け、絵を描き、競輪を語り、お笑いを語る友川さんは「体老いても精神は研ぎ澄まされていくこと」を体現されていた。そんな人と一緒にライブできたこと、LOFTやなもん店長に感謝です。これまでの音楽旅が間違ってなかったようにも思え、これからの僕の糧にもなると思う。そして僕を通して友川さんを知り初体感してくれた人がいたら、ルーツをもつものとして役目を果たせた気持ちにもなり、嬉しいです。と、ここまで書いてまだ一つ目ではないかと、どのライブも同じくらい色んな想いの詰まったライブであったし、本当にいい経験、音楽の旅をさせてもらっています、これも応援してくれるみんなのおかげなんです、本当に、ありがとう。
長くなるので、続きは写真に託しまして今月はこの辺で。夏風邪などひかず、よい夏を!おやすみなさい。
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| かわいや紫陽花 |
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今までで1番満足のまぐろ体験でした。六本木の駄菓子屋みたいな名前のお店。 |
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| リンゴスターが健康の秘訣を聞かれて、ブロッコリーを毎日食べることさと答えていて、それをソウルフラワーの中川さんがわかりましたとかってに答えてるツイートをみて、密かに僕もわかりましたとその日からブロッコリーにハマり、たしかに便通などよくなりました。 |
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| サインしてもらおうと持っていってもらうの忘れたCD |
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| 記念にパシャリ |
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| 話して一緒にライブしたんですね〜 |
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| おしゃれですよね |
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| 撮りたくなる背中、勝也さんもそうだった。 |
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| その4日後もLOFTにてMINAMINO ROCK FES。南野さんを想い、家族を想い、気持ち持ちより。一つの悲しみ、恨み憎しみ。そこに音楽が作用する過程を、回を重ねるごと提示しているようにもおもい、楽しむことで強いメッセージを発しているイベントだと思います。 |
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| 連載にも書いた、自分の通ってこなかったBOOWYに影響、ルーツにもつ南野さんの代わりに歌う。音楽の笠の下、南野さんの歌を僕は僕のルーツの上で伝えられたらと思います。 |
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地元の友達が送ってくれた田んぼの水張り夕焼け |
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| そしてワンナイトスタンド、本当に10年以上、年に一回。音楽、バンドのボーカルとして磨いてもらっています。プロ野球選手だったらメジャーリーガーの投げる球の速さ知っておきたいでしょ?そんな感じです。 |
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| 本番でまた、ぶいぶいベースがうねったそがっち。乗らせてもらいました。 |
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たくさんのお祝い、ありがとう。 |
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| 7月はまた打って変わって、お呼ばれ横浜月間 |
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| 頂いたボンタン飴。これには尿意を抑える効果もあるとの情報を聞き、帰りの電車で試した所、いつもトイレで一旦降りる長丁場も、無事降りることなく到着。効果を実感。 |
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| 同級生で感覚の繋がりも感じるスージー。回を重ねるごと、ユニットとして良くなってるのを感じた。ギターがいい音でなってくれた。 |
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この枯れ錆びてきた感じがまた味わい深い。 |
諭介がお答え致します
■改めまして、お誕生日おめでとうございます!年々時の流れのスピードの速さに驚いてしまいますが、諭介さんのコラムを読んで、自分で伸びしろだらけだなぁ~と言ってるのに笑いつつも、それは日々のライブを見ていても本当に実感させられるので、これはとてもいいことで、カタツムリのスピードで歳をとっている人のお手本なのではないかと思いました!ときどきせっかちになってしまうときには、私も心にカタツムリを飼い、良いイメージで這わせていけたらと思います。インザスープが結成30周年なのも、すでに嬉しく良いことなんですけど、年に一度のジュテームがカタツムリのスピードでゆっくり進んできたと思うと、10/4のジューシージュテームはきっと良いことしかないですね♪
(A.T 2026/06/26 16:23)
→がはっ、本当にインザスープはカタツムリよね。最初から本当に独特な歩み方してるから、年いくごとにまた面白くなると思う。7/1、16時にはまた新たな情報解禁されますので、ぜひチェックしてくださいませ。お祝いの言葉ありがとう。
■諭介さんお誕生日おめでとうございます!ここから1年も諭介さんの思う歌やライブができていきますように☆
以前からもこちらのコラムで諭介さんから教えてもらったガンジーのカタツムリの言葉に励まされています。
時を刻む速さがすごいスピードで、自分の心や行動がついていけなくてがっくりしてしまいますが、「カタツムリは祈り」だと聞くと自分のカタツムリを大事に育てていこうと思いました。
ちょうど今一緒にお仕事をしている方がガンジーのカタツムリの話を(他で)聞いたと、嬉しそうに話してくれて、大袈裟かもしれないけれどなんだか世界は繋がっている、とそんな気持ちになりました。
(hitomi 2026/06/29 11:41)
→ヘェ〜嬉しくない?ボカァあったことがないもんね。世界中にゆっくりはっていってるのかもねガンジーのカタツムリも。いいことはカタツムリのスピードで、悪い事は一瞬、人間個人の心も世界も戦争も一瞬で悪い方向へいく。カタツムリはゆっくり歩きながら何度もそんな景色を眺めてはってきた。時には頬をかすめて血を流した事もあった。しかし止まらなかった、祈り続けていまがあるんだろうね、カタツムリソルジャーに会えると嬉しくなる。お祝いありがとう。
■In the Soup 30周年ジューシージュテーム 楽しみです♪ 楽しみ過ぎて心に這わせているカタツムリを一旦アジサイの上に避けておいて、加速してその日が来ないかなと思います。
長くやっていても「まだ伸びしろだらけ」と言える諭介さんは素敵だなあと感じました。
私もどんなに慣れていることでも「初心忘れるべからず」を心に刻んでいきたいと思いました。
追伸 遅れましたが、お誕生日おめでとうございます。イケオジ万歳!!これからもカタツムリのスピードで良き歌旅を。私もカタツムリのスピードでついていきます。
(夕陽 2026/06/27 23:44)
→がはっ、お祝いありがとう。一旦紫陽花においてね、かわいいね。本当に伸び代だらけ、そう思える音楽があって本当によかった。ジューシージュテームお楽しみにね。
■健やかに今年もおめでとうございます。
ONE NIGHT STANDも痺れました!
毎年重ねてこられたからこそ生まれる違う色も新鮮で目が離せないですね。諭介さんが力強くそして楽しそうに歌い、自然と客席も一体にスタンディングとなっていたことも印象的でした✨
お母さまからのお手紙のガンジーの「善きことは、カタツムリの速度で動く」を、諭介さんがこちらセンチメンタルで折りに触れ書いて下さっているおかげで、心の栞を挟むことができ、私自身も折りに触れ立ち止まり深呼吸する時間をいただいています⏳
私の中では、自分のからだの中に指針として一本の木があり、自身に甘かったり、弱ったり、揺れそうな時など、お天道様のもと自分の心は欺けないからまっすぐ(どっしりを目指し)根を生やしていたいと踏ん張っていたりします。
諭介さんが日々真摯に努力を重ね、ステージで輝き続けているお姿に、とても励まされます。諭介さんの53歳も、たくさんのきゅんで埋め尽くされますように🌷🌈
(minatan 2026/06/30 3:12)
→お祝いありがとう、いいですねぇ、きゅんで埋め尽くしたいね〜ときめきよね、恋よね、それは音楽、ずっと奥がまだあると思わされる音楽にきゅんや、そしてそれを受け取ってくれてありがとう、またきゅんを広げていきますのでこれからもよろしくです。
■お誕生日おめでとうございました!たくさんケーキ食べましたか?新しい歳も楽しい一年になりますように!
私も紫陽花の写真を撮っては見返しています。色も形も様々で飽きずかわいらしいです。ジメっとした中で冷たい麺類と紫陽花が支えです。これからの暑い季節も良い音旅をして下さい。
(あこ 2026/06/30 7:39)
→ありがとう、本当麺類は支えだね、暑い中の熱いラーメン派だけどねボカァ。
しかし紫陽花も種類増えたよね、かわいんだからね、参っちゃう、彩ってくれてありがたいね、僕も歌で彩っていきますんでこれからもよろしくお願いしますっ。
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