2026年4月30日木曜日

Vol.314「新たな場所へ、始業2026」の巻

  桜が咲いて散ると、足元ではチューリップが咲いていて、あっという間に枯れていなくなって、今度はツツジが咲いていて、赤やピンクのバトンを繋いで彩ってくれ、ツツジは夜見ると妖艶さも感じたりして。そして何より緑が、緑が新しくて空気が美味いですわね、この時期が一番すごしやすい。どの季節も楽しめるようになってきたけど、この時期は自然と気持ちよく、嬉しくなる。そんな今日この頃、いかがおすごしか。

 今月は「弾き語りワンマン始業2026」を無事終えまして、音楽人生、次の段階へと行けそうな予感に包まれました。この日に向けて応援してくれた皆様、吉祥寺スターパインズカフェにて体感してくれた皆様、ありがとうございました。
 2022年春から始まった弾き語りワンマン、始業と晩秋で年に2回、柱に背の高さの印を刻むように今回で9回目。トカゲやヘビ、なんでもいいんですが、脱皮をする生き物達、あれは「なんか動きにくいな、皮膚がゴワゴワしてきて、なんだこれ」的な違和感を感じてるんじゃないでしょうか、「あぁもうだめだ、つきぬけたい、やぁ!」と、気がついたら脱皮してた、という流れがあるんじゃないかと思うんですが、自分にもありました。弾き語りワンマンを8回刻んできて、どこか違う場所へ行きたくなる、と書いて、期せずして二つの意味がありますが、一つは実際の場所。今回はこのワンマンの考案者/ライブハウスGBの昌平さんが別場所スターパインズカフェを提案してくれ、この采配もバッチリしっくりきました。もう一つは音楽的場所。今まで曲順の流れなどの物語性が自分の中にあって、それを具現化してきたように思います。それは世界観を含め、ひとつの形にできたと自負しているんですが、今回はそれに加えて、物語性を壊しながら次へ進むことができた実感があります。

 また、この弾き語りワンマン、自分的には今まで旅してきた事の受け止めの作業でもあるように感じます。それまでは月に数本の対バン形式ライブや企画もののライブをやり続け、その度に刺激をもらい、自分の行きたい場所が遠くでぼんやり見えてくるイメージでした。それぞれのライブは主催者に企画を提案してもらったり、お誘いいただいたりして、「これは今、自分が行きたい方向にあるか」「予感がするか」「縁を感じるか」などで組まさせてもらっており、出演が決まればその場所を最高にしたいと思って向かいますが、それとは別に「遠くにある何かに呼ばれてる」ようなイメージ、それを探して育てているようにも思います。そのイメージに近づけていないと感じた時には、もどかしく思い、とても自信がなくなります。しかしもう十代の頃から何度も繰り返してきた脱皮ですから、このお先真っ暗感も、きっと次へ行くために必要なものなんだろうと、なんぼか客観的にもなれて、ずっぽし落ち込むこともなく、ノーガードでうまくかわし、トカゲが言うところの「なんかゴワゴワするなぁ」を感じたりして、今も脱皮しようとしてんだなと思えました。なんだか回りくどい言い方になっていますが、ずっと思っていたのは「自分はロックンロールが足りてないな」でした。これまでのワンマンの曲や構成は絵を描くイメージだったと思うんですが、今回はどこかへはみ出したくなるような、グンと行きたくなる感じを目指し、その入り口が見えた感じがしました。

 加えて今回は2曲、新たな曲をみんなに紹介できました。「Chu!Lips!」と「終わりのない手紙」。
「Chu!Lips!」は自分的新境地でかわいらしく、春以外でも歌って、楽しい気持ちで埋め尽くしたい曲であります。これもリクエストライブのピチカート・ファイヴの影響や、いろんなイベントから刺激をもらっているなぁと思ったり。作っていく過程もまた紆余曲折で、毎日そこへ向かえる喜びを感じながら徐々に出来上がっていくと、曲順が見えてきました。そしてその後で、もう一曲の「終わりのない手紙」ができました。
 この曲は高校時代の漫才の相方、本田誠人の七回忌を前に、ひとつの区切りとして手紙を出したくなり、向かいました。色んなことが重なり、誠人もそう言ってる気がしました。作る過程で次から次へ言いたいことや、訊きたいことがでてきて、スタジオで一人延々歌っていて、これはまとまるわけがないなと思い、このタイトルにし、最後までまとめるのはやめました。結果、半分即興で、高校時代に会場の空気を感じて漫才のネタが変わっていったように、4月17日のあの場に来てくれた人たちの空気を感じて誠人と掛け合いをしているような曲になり、あの日あの場だけの曲として、あの場で完成しました。数年にいちどくらいか、またどこかで、その時の手紙を歌えたらと思います。七回忌を前にこの曲をやろうと思ったのは、自分の役割として、本田誠人を、その生き様を、二人のことを知って欲しかったり、思い出して欲しかったりとか色々あるんですが、大きく思っていたのは、ライブごとに脱皮していくように、「悲しみ」もまた段階があるんじゃないかということ。なくなりはしないけど、何度も波を繰り返し超えて、時が土のようにかぶさり、人は誰でも段階を経ながら向き合い、生きているんじゃないかということ、その提示を僕たち二人の形としてしたかったんだと思います。そう思えたのも、そんなことがやりたいと思い、そこへ向かえたのも、僕の段階だったんだと思います。

 ライブでも言いましたが、生きていたら、人には限りがあるということを何度も知らされる。残されても残しても、別れは必ずやってくる。人生はどうしたって悲しいものだと感じます。だから僕は音楽に無限を感じていたいんだと、改めて思いました。音楽に限らず、芸事に心が触れたり、生活の中で何かをかわいいなと思ったり、感動することにも無限がありそうな気がして、それは希望だなと。ただでさえ人類には限りがあり、悲しいのに、その上戦争などの愚かな過ちを今も繰り返している。人類はいい方向へ向かってるはずだと人任せにしてきたツケか、何度も無力を感じ、無力に飼い慣らされ諦め癖がついていく。自分一人には力がないんだと、思考停止の崖から自ら身を投じていく。自分や世の中がロボット化し、奴隷化しているようにも見え、少々悔しくなり、そこへ向けての抵抗は無力ではないはずだと、今回のワンマンには“ありふれた奇跡、愛でれば無限”というサブタイトルをつけました。「愛と平和」「イマジン」……忌野清志郎やジョン・レノンが発していたメッセージ。正直、僕にとってはそこまで腹に落ちてくる言葉ではなかったけど、いまだ奪い合いが続くこの世で、あげてもあげてもなくならないどころか、どんどん増えていくものがあるとすれば、それは「愛」というやつなんじゃないかと。人生の限りを知るたび、そこに希望を感じて。それは人類の挑戦であり、試されているような気もして、キュンとしたりワクワクすること、そしてなるべく面白い方へ、人とは違っても自分なりのそれで埋め尽くしていきたいと思います。
 
 ワンマンの何ヶ月も前に決めたサブタイトル。その時は遠くにあった、次に行きたかった場所のイメージ。音楽人生として次に向かう入り口へ辿り着けたような、そんな始業2026。改めて今まで体感してきた全てのライブで刺激をくれた共演者の方々、気にかけてくれたみんな、そして足を運んでくれ、音歌体感、景色を共有してくれたみんなに感謝、いい音楽の旅ができていると思えています、本当にありがとう。
 予感に誘われた場所でまた会えたらと!と思いながら今月はこの辺で、新しい空気を吸って、よい初夏を!
 

今年のベスト桜、派手でないけど青山の街の中、儚げさを感じベスト桜賞とさせていただきます

そうだ、4月はピアノも弾いたんや、このイベントに向けて練習していたことのおかげで新曲もできました。


大久保さんとはまた5/21にて

新幹線に乗る時は駅弁を買いたくなる。腹空いてなくても買ってしまう。無理やり食べた崎陽軒


名古屋に新幹線がつく手前でスピードを落としていく頃、乗客は出口に向かい並ぶ。自分はいつもギリギリまで座っていたいので通路側の席で座っていると帽子をあご紐かけて被ってる子供が歩いてきて横を通り過ぎる時に顔を見てみたのだけど、おじいちゃん顔の子供で、何やら一人にやけているのが見えた。明らかに恍惚とした表情で、新幹線の振動や音を感じて嬉しくてにやけているようだった。僕は目を奪われ後を追うと、やはりかなりの電車好きだとみられる。それは彼の指先、敬礼の形に現れていて、胸がきゅんとなる、なんとも言えない気持ちになり写真撮影を撮影。


そう、名古屋の日、私ワクワクしたか眠れず寝不足気味だったので、家から持参した札幌のエネルギーエゾエースを注入ー


可愛らしいお店でした名古屋GURUGURU。竹原ピストルくんのホームでもあるようだ、またいつかやりあうだろうな


GONDAさんとはまた5月下北で


空にキスしてる唇みたいなハナビラだからその名前ついたんだって


連日スタジオ入り曲作りと特訓


ギター2本持っていざ会場へ。弾き語りワンマン、当日は無事この日を迎えられたことに感謝する


今回Masumiさんより撮ってもらった写真。始まる前のSE中、始まりの予感で溢れてる写真


新曲Chu!Lips!に合わせて照明も写真もかわいらし。Photo by Masumi


曲目表


翌日、宣伝マンの中原さんのお墓参りに。ワンマン無事遂行報告と音楽活動できてることへの感謝、そしてこれからのお願いを


その後、今回も6/10にかわりに歌わせていただく南野さんのお墓へ。よろしくお願いしますと。


大学の後輩より頂いた竹の子ご飯に春を感じ


小さいほん。太宰治を面白く読んだ


久々の江ノ島にワイルドを感じ吸収。心の洗濯


明らかに人工的な穴、洞窟。


帰りの月がきれい


金網の向こうの空き地に小さな定食屋。今はもうない。話を僕に残して


江ノ島の音楽の神様にもお礼とお願いを


帰りに一人ホルモンワイルド喰い


そして次の大山に向かって手売りチケット売っています。よろしくお願いします


諭介がお答え致します

■「諭介さんの別人格キャラクター面白いですね。ちょっとだけなんのこっちゃなとこもあるんだけど、私にも普段見られてる自分とは別キャラクターの自分がいるので少し分かる気もします。私の場合、それはそうありたい憧れの自分の姿で、自分の頭の中だけで存在しているのですが、諭介さんのジッパーさんがいつかどこかのイベントに現れることがあったら観に行きたいなと思いました。

弾き語りソロライブ行きました。何かが始まりそうな予感がしますね」
(夕陽 2026/04/27 22:24)
→ワンマンありがとう、ジッパーさんなんのこっちゃよね、でもぜひジッパーさんが帰国した際は会いに行ってみてくださいね、当分ないとおもうけどいつの日か。

■「春はいろんなものが始まりを感じさせてくれるんだなぁと諭介さんのコラムを読んで改めて思いました。空想別人格面白い。私も特に人には話さないけど、こうだったらなぁ~、あぁだったらなぁ~といろいろ想像するだけで楽しくなったりすることはあります。と同時に空想で終わってしまうことが空しくもなったり。だけど誰かの空想話を聞くっていうのも面白いですね。DJジッパーさん、私のイメージではそれどこで買うの?っていう目にも鮮やかな服を着ていて、いつでも前向きなテンションで見ているだけで元気をもらうような、でも少しだけ距離を取りたい存在の方です。(空想ですw)まぁそうじゃないかもだけど実際会えるのを楽しみにしていますw話は変わりますが、先日名古屋ライブ帰り、普段なら宿泊用の荷物いっぱいで見もしないけど、日帰り昼ライブの身軽旅だったので観葉植物を買って帰りました。そんなに大きくないものですが、緑が綺麗で、どんどん新しい葉っぱが出てきて可愛いです。春ですね~」
(A.T 2026/04/28 12:16)
→おお〜旅の思い出になる植物やね、ジッパーさんはご想像通り派手だね、というかTRFのDJ KOOとかが近いかもしれませんね、最近はどうなのかなぁ、多分変わってないと思います。

■「諭介さんプレゼンツのライブ企画あったら絶対に行きます!空想は楽しいけれど実際にライブを企画するというのは大変そうですね、、ジッパーさんよろしくお願いします!!!そして春のワンマン今年も楽しませていただきました。江の島観光に行ったので、ここのことかな~なんて思いながら歩き、ワンマンで聞けて嬉しい夜となりました」
(あこ 2026/04/28 13:17)
→ワンマンありがとう、江ノ島の戦争の傷跡を伝えられたようで、役目を果たせてる気分になりました、僕に話して伝える役目をもらった気持ちです。

■「実は「DJジッパー」さんが謎の存在でしたが、そんな生い立ちがあったなんて☆面白く読ませていただきました。その話を読んだ後に…そういえば私の中にも、子供のイヤイヤ期に困った際クマのぬいぐるみの魂が私に宿るという別人格(別クマ格?)がでてきたことを思い出しました。気に入っていたので今は必要なくなり残念ですが。自分と違うキャラで話すってすごく楽しかったです。
そういえば、DJジッパーさんは歌は歌うのですか?」
(hitomi 2026/04/29 0:09)
→ジッパーさんは歌わないよ、ヒォウイィゴ〜とか言ってるだけです。やはりみんなも別人格って持ってるんだなぁ、違う誰かになれるって幸せなことのようにもおもうわ、だから役者とかって職業は無くならないんだろうな〜。

■「日差しが強く初夏のようと思いきや…今週は梅雨のようなはっきりしないお天気☔️
季節感もこんがらがっていますね。

名古屋ライブも非日常でとても面白かったです。たまには、遠い地のライブも良いものですね🚄

そして、新たにスタパからスタートさせた始業ワンマンも大成功✨おめでとうございます。
新たな新曲たちも、可愛いらしかったり🌷、胸がぎゅっとなったり📨…様々な色が見えました。
今回は特に諭介さんの内面も垣間見れたり、受け取る会場のお客さまたちと諭介さんの音歌パワーの愛で合う循環🔄が、会場の一体感とあたたかさを生んでいるかのようでとても感動した夜でした☺️」
(mina 2026/04/29 13:15)
→ワンマンありがとう、スタパインズカフェの雰囲気も手伝って確かにいい空気に包まれてたのを感じたわ、それも含めて達成感があるわ、ぐずつく天気続くみたいだけどよい初夏を〜。


2026年3月31日火曜日

Vol.313「芽吹く空想春のせい」の巻

  桜満開ふわふわと優しいピンクに包まれて、今年もきちんと咲いてくれて、季節のめぐりを知らせてくれてありがたいなと。色んなところで色んな植物が芽吹き、花咲き、空気も新しくなったようで、ぽかぽか日向ぼっこをしながら空気がうまいなぁなんつって伸びをして、また新たな始まりを感じる。春というかもう新緑の季節の空気だな、な今日この頃、いかがお過ごしか。

 3月怒涛の7本LIVEを駆け抜けて、そのどれもがまたそれぞれに個性的な巡り合わせで、転がるたびに違う刺激をもらい、その度におもろい歌旅だと思え、きっとこの全部が僕の栄養になるに違いないと思えているのはありがたいことです。これも共に体感するべく足を運んでくれたり、気にかけてくれるみんなのおかげです。ありがとう。生くごとに変化して行けたらと思いますので、これからも何卒よろしくお願いします。

 バイザウェイ、春だからか、昔から居た自分の中の別人格キャラクターがむくむくと土の上へと芽吹くべく、心の中でうごめいていたりもしていて、、一体何を言ってるんだと思われるかもしれませんが、自分でも少し思いますが、自分の中のそのキャラクターというのが今までもテレビ番組「しゃかりき」などでは時々出ていたのですが、せっかくなので正式にここで紹介したいと思います。何がせっかくかわかりませんが、名前は「DJジッパー」と言います。ラジオのDJやライブ会場などでDJをして盛り上げたり、LAでキャリアを積んでいて、時々日本に帰ってきて活動「あけてーとじてーあけて~とじてーオープンセサミ!どもっ! こんばんはDJジッパーです!」がいつもの挨拶で、みんなからは「ジッパーさん」の愛称で親しまれており、ラジオ番組ではリスナーからのハガキを読むコーナーが人気を博しております。と、自分の中でなっております。そもそもの発端が、自分の大学時代にM太郎という友達がおり、このM太郎の人を笑わせる能力は殺人級で、いや僕が何度も腹がつるほど笑わせられたという事なんですが、笑いの流派としましては小松政夫、竹中直人、はたまた野口五郎のモノマネをするコロッケ、etc。
 そのどれもが自分流になっていて、時代もふまえ本家をも超え、オリジナリティーが刺さってきました。高校時代の本田誠人もそうでしたが、どこか狂気すら感じる、笑い殺されるんじゃないかとさえ思う、覚悟を感じる笑いに僕は腹がつりそうになり、ヘトヘトになったことが何度もありました。僕は本田誠人とM太郎から、人前で何かを発する時の「覚悟」みたいなものを教えてもらったような気がします。そんな大学1年の頃だったか、彼とは別々のクラスとサークルでしたが、彼はよく、突然僕の家に遊びに来ました。狭い道を大きな中古の白いセドリックに乗り、6畳一間の狭い我が下宿部屋で、遊びにといっても何して遊ぶわけでもなく酒飲むわけでもなく、もちろん恋人というわけでもないですが、一つの布団でただ寝たりして。そんな頃、彼からの提案で、警備員のバイトを一緒に始めることになりました。道路工事とかの両脇で赤い棒を持ち、交通誘導をする警備員。秦野の山奥に事務所があり、そこへ面接へ行って制服と赤い棒をもらい、その帰り道に早速二人して、制服の上だけを着てテンションが上がり、初めて持つ赤い棒に嬉しくなり、頼まれてもいないのに駅のホームで電車の誘導をしたり、電車の中で大きな声をだして意味のない確認作業をしたりして帰りました。今思えば迷惑、悪ノリの若気の至りですね。
 仕事が始まるとこれが結構過酷で、立ちっぱなしでジッとしていなくてはいけなかったり、季節によって寒いわ暑いわで、鼻の中が排気ガスで真っ黒になったり、達成感を感じるのが難しく、そんな中互いに根性試しのように締めるとこは締めて働きました(こういう笑いをもってる人って、これまた誠人もそうですが、締めるとこは締める、仕事をきちんとやる姿には敵わない何かを感じます)。と、ある日の現場は夜間で朝まで、山の中配置されたM太郎との距離もかなり遠く、端から端の連絡手段として、互いにトランシーバーを持たされ一晩中。車もそれほど通っておらず、そんな山の中の道で一晩中立っていなくてはならず、時々通る車を互いにトランシーバーで「1台車通りまーす」と知らせ、知らされた方は通行止めにする。始めは真面目にやっていても徐々に「はい、車通ります、黒のスカイラインただいま不倫中、どうぞ」「不倫中通過、どうぞ」などと乗ってる人たちをいじり始め、笑うわけでもなく、雪山で「寝ちゃだめだ!」的な感覚で、どうにか自分たちの士気を高め、しかし段々と車も通らなくなり立っているのが辛くなってきた頃に、M太郎がトランシーバーで「はいどうもこんばんはDJジョッパーでーす! こんな夜中に中尾ちゃん、どうしたのかな?」的ことをやりはじめてきて、即興劇だなと、そのフリに乗り、こちらが一人のリスナーとなって「あ、ジョッパーさんこんばんは、つながった! え本当にジョッパーさんですか?」「そうだよジョッパーだよぉ。で、どうしたんだい」的なやりとりをし、ジョッパーさんに悩みを相談するという即興劇がはじまり、夜中の山の中で延々やった。それを今度はこちらがDJになりM太郎がリスナーになるというのを繰り返す。その際にM太郎のジョッパーさんに対抗し影響され誕生したのが、自分の中のもう一人の自分「DJジッパー」でありました(ちなみにこの警備会社を我々が辞めた後、Kも働き始め、一人山の中の現場で立っていると山の木をチェーンソーで切っている音が響いていて、Kは「木の悲鳴が聞こえた」と真顔で言っていたのがなぜかずっと残ってます)。僕はその後いろんな仕事をしてきましたが、M太郎と楽しくやったとはいえ、自分にとっては警備員が一番過酷な仕事だと今も思ってます。なので、街で交通誘導の警備員とすれ違ったり止められたりすると、とても指示に従うし、もうやりたくないとも思うし、本当にお疲れ様ですと思う。人は違う環境に身を置いたり、過酷な状況に立った時に、そのストレスを違うキャラクターになって逃す術を持っているんじゃないだろうか。

 いや、そんな話でなくて、そのジッパーさんがなぜ今またうごめき出したかと言うと、ロックベテランのTARSHIさんのバンド、僕はそのバンドが好きなんですが、しかし、このメンバーでは年一LOFTでの南野ロックフェスでしか集まってやっていないとの事で、僕はこのバンドを初めて観た時からTARSHIさんの歌とメンバーの成り立ちにテンション上がり嬉しくなり、無条件に楽しくなり、毎回「このバンドもっとやってください」「もっと売れてください!」などと無責任なことを伝えに行くほどなんですが、毎回僕がそう伝えると「だったらお前が売ってくれよっ」というのがお約束になっており、その度に「僕は僕で自分のことで精一杯ですから」的なやりとりをするんですが、先日いよいよGBでもやるというので観に行き、やはり最高で、お客として自分がこんな気持ちになれるというのが嬉しく、一緒にやりたいというよりかはファンとして観たいという気持ちだなと。     
 そんな所から派生し頭の中で、そんな気持ちにさせてくれるバンドを集めてお客として観る日があったらどうだろう、自分プレゼンツで組むのはどうだろうかという案が頭をよぎり、いや、しかしこれを中尾諭介プレゼンツで企画すると自分も出てなきゃおかしいよなと思ったところで、その案を保留にしていたんですが、最近、DJ石川さんのイベントに出たりしてることも重なり「あっ、DJといえば、、今こそジッパーさんの登場かっ」と頭をよぎり、LAから呼び戻してジッパーさんに企画してもらうのはどうだろうかと思い考えてたら、それはそれで楽しくなった次第です。もちの論介、自分ごとで手一杯ですからすぐに具体化することではありませんし、結局ただの空想かもしれませんが、もし空想の中から飛び出して本当にジッパーさんが現れた際はあたたかく、遠くからでも見守ってもらえたらと思います。こんなに長く書いておいて結局空想の話でなんのこっちゃかもしれませんが、芽吹く空想春のせい、という事で今月はこの辺で、新しくておいしい空気、良い新緑の季節を!


DJ石川さん(真ん中)TARSHIさん(左)期せずしてジッパーさんを呼び起こした2人。先日たまたま居合わせたTARSHIさんとの写真があるのも運命か。

毎月載せずにはいられない人形町おにやんま。ありがとうございます。

代々木公園から千葉稲毛40キロくらいを走ってLIVE。それは15年ほど前にイベント頑張ってるぜ日本のレギュラー陣が1人1人月ごとに走ったんだけど。思えば2011年の震災後、色んな歪みが自分の中にあったように思う。音楽をやっていても力が入ったり、関係ないけど眉毛剃ったり、今思うとこの企画もそんな歪みが生んだのかもしれない、何かをこう、24時間テレビのように大袈裟にせず、悔しさや無力さ、ぶつけようのない憤りみたいなものを浄化したかったり、祈りたかったり、淡々とこういうことがやりたかった。そして今回、それから15年、当時も癌と闘ったばかりだった同級生の良くん、当時は走ってなかったけど今回、15年を機に走ると決意、自分は15年前だったから若かったが、良くんが今走る事、また癌になったけど乗り越えたばかりで、そしてメンバーの最年少ミヤマンがケツを叩いて完走したのにも感動した。

完走した2人とてもいい顔。

TARSHIバンド。ベースのアキトくんがまた可愛んだ

折りたたみ椅子持ち歩き。都会の隙間で休憩できるとこを探すの好き

かっこいいな梶芽衣子さんとSNSより拝借

桜のアーケード、綺麗

GONDAさんとレコーディングもした3月。新録「ツキノアカリトオク」、の入ったセットリストCD、名古屋で発売です。

高校時代、漫才の練習で誠人の家にいけば誠人の親父さんの本棚にあり、こっそりめくってから気になって上京して買って、人生の事あるごとにざわついた心を沈めてくれました。ありがとうございました。Rest In Peace つげ義春

さぁ、そしていよいよ「始業2026〜ありふれた奇跡、愛でれば無限〜」。希望を持ってサブタイトルをつけました。そんな始まりの日になったらと。何卒よろしくお願いします!

諭介がお答え致します

■「喉の不調大変でしたね。プロポリス接種しすぎは舌や喉がイガイガしてしまいますのでお気を付けを(笑)ニックや樹木医のお手伝いなど色々な姿が知れて楽しいです。諭介さんのDNAになっている映画や音楽や本や食べ物も色々紹介してください。もうすぐ弾き語りワンマンもあり楽しみな春です。体感する側も体調管理しっかりします!」
(あこ 2026/03/25/ 15:23)
→えっ、やっぱり?接種しすぎはいがいがするのはプロポリスあるあるなの?自業自得にもほどがありますね、現在こわくなって逆にあまり使えておりません。そうか、やはりそうかと腑に落ちました。DNAになってるものの紹介書きたいですね、ほんと色んなもの、芸術や食などの文化で人ってできてるんでしょうね、今回の文は空想世界でしたが、写真コーナーではつげ義春はDNAと言っていいと思います。イエス4/17ありがと。

■「3月も終わろうとしていて、なるほどうま年、速さに驚きます。「ニックの日」10年ぶりとはいえ、それぞれがずっと音楽を続けてきた10年のかっこよさがバンドの進化にも思えました☆確かに熟成ニックバッカーズしていました。知っていたようで知らなかったニックのいろいろな話も、ライブを見てから改めて読み、かっこいいなと思いました。『アカリ』の話で書いてくれてた、日々の生活に埋もれてる色んな気持ちを、音楽で確かめたり、溢れさせたり、沈めたり、許したりを気づかせてくれるライブが、確かに私にも心の肥料になっているなと思ったし、好きな音楽やバンドがあってよかったと思いました。そして、そういう気持ちに気づける千尋の心を持っていたいですね。というわけで、日々いろいろありますが体調管理は調子に乗らず、ライブでは調子に乗って4月も頑張ってください!417417417(よいなよいなしいな)桔平の日4/17のワンマンも楽しみです!」
(A.T 2026/03/27 12:58)
→あぁありがとう、ニックね、この成り立ち関係性も面白いね、それこそ各々のDNAに組み込まれてる感じがするね、10年ぶりとか思えなかったもんね、何よりそれぞれの持つオーラ、心意気みたいなもんが気持ちいいよね、こういう人たちが日本の音楽業界にいるのが救いやし、一緒にできて嬉しいわ、観てくれてありがとう。そして自分がやっている事がお役に立てているんだったら嬉しく思います。
ヨイナヨイナシイナキッペイ4/17ワンマンに向かってもやったりますっ。


■「喉の調子はその後いかがですか?プロポリスのしすぎで喉が炎症をおこして感染しやすくなってたのでしょうか
よく効くということはそれだけ強いものということで、過剰摂取注意!ですね。
私の予防策は紅茶うがいと生姜とハチミツですね。
ハチミツは毎朝ヨーグルトに入れてるし生姜とハチミツとレモンをお湯で割って飲んだりしてます。あと乾燥予防で寝る時も不織布じゃないマスクをつけています。
何より体を冷やさないようにするのが1番でしょうか
得意気にはならないけどここ数年大きな風邪を引いてないような気がします。あれ?と思っても早目のケアで、あれ?までで済んでいます。得意気になっていませんからね!」
(夕陽 2026/03/27 23:16)
→何よりの大敵だね、得意気は。無得意気のおかげで対策がすんなり入ってきました。本当にやっぱり過剰接種はダメなんですなぁ、プロポリスってただのハチミツとも違うんだね、飲むように吹きかけてたからね、いやはや今回の自業自得はなかなか治らない、今もまだ花粉ともあいまってうっすら違和感残ってるもんね、過剰接種はダメ、これかなり教訓になったわ。ハチミツヨーグルトは、体全体によさそうやね。教えてくれてありがとう。

■「季節の変わり目ですが、その後は体調や喉は大丈夫ですか?
私のおすすめは生姜湯です。普通ですみません、でもやっぱりこれが私は一番効き目ありです。生の生姜をすり下ろし茶こしなどで絞るのがちょっと手間ですがお湯とはちみつを入れてけっこう美味しいし喉にピリピリ感で効いてる感じがするのも良いです。
今回のコラム読んでいて、ほんとにみんな大人も子供も知らず知らずにがんばっているよなぁと思います。そして私もライブやアートの時間がとても大切です。心の栄養です」
(hitomi 2026/03/29 23:33)
→大切よね、演るのも観るのも、アートって年々大事だなぁと年いく毎に思う、どんだけ栄養もらってきたか、結局心の豊さが大事だなぁってなって色んな人と接してても結局ここに戻ってくる感じがあるね。そうだそうだその道の上だ。生姜かぁ、体もあったまるしいいかも、喉痛めてからコーヒーから紅茶派に変わったし、生姜ね、ピリッとね、いいねぇ、教えてくれてありがとう。

2026年3月2日月曜日

Vol.312「千と千尋のおにぎりニック」の巻

  はっはーん、正月明けてからもう3月とは。「馬年であるから足早に駆けぬけてるのか」と言う人いたが、なるほど早い、早すぎる。もう三月だなんてひっひーんです、びつくり、まじで。自分は2月13日のライブ後に喉を痛めた。ライブ空き時間、メンバーのスージーに「なにそれ?」と聞かれたのはプロポリス。「これね、寝起きとかは喉がちょっとイガイガするでしょ、そんな時に朝一番にシュッと喉に吹きかけると一発でイガイガなくなるのよ、いいよこれ」なんていって得意気だった。その通り自分はこの冬、風邪知らず、これはプロポリスの効果だと過信していたので、最高だよこれ、とか言って得意気も得意気だった。聞いてきた割に「へぇー」なんつって食いつきが悪かったので、自分がどれだけプロポリスを信じているかをアピールするかのように、長い待ち時間の間に何度もシュっと吹き付けていた。いつもは朝昼晩の3回くらいだろうにきっと30回は吹きつけていた。これさえあれば「風邪知らず」と、かければかけるほどに無敵な気持ちだった。いや、それが原因ではないと思うが、世の中調子に乗れないようにできているんだなぁというお話で、翌日咳が出て痰が絡み、病院へ行き、鼻に棒を入れて、んガガ!となりながらコロナインフルの検査をしてもらい、陰性を確認。熱はなく、喉の炎症でそこからの軽い風邪だろうということで薬をもらい、一週間経ってライブ前日に人にうつさないかの判断をお医者さんに仰ぎ、ゴーサインをもらってライブは無事遂行できたが、翌日また悪化して声が出なくなり咳と痰が出た。この間レコーディング予定もずらしてもらい安静にし、より専門的な病院へいき強い薬をもらってだいぶよくなったけど、2週間と長い、熱もなくただ咳が出る、癖がついたように空咳が出て、その度に得意気になったことを反省するこの頃、いかがおすごしか。皆さんはどうですか、これさえあればという何か自分なりの予防策はありますか、あるでしょうね、得意気にならずに教えてもらえたらと思います。
 得意気お調子のり、痛い目見るまでわからないんですから、カツオです。

 今月はニックバッカーズ、2月9日に吉祥寺で行なった「ニックの日」。10年ぶりに5人集まってのライブ、みんなの音がかっこよくて、自分はただそこで浮かんで泳がせてもらった感じです。この10年の間にドラムの大輔は岡村靖幸さんや斉藤和義さんとのライブを経験し活躍中で、ギターのおばっちゃんはmiwaちゃんのギターを15年やり続けていて武道館にも立って、鍵盤大ちゃんもバカボン鬼塚さんやら色んな人と共演し、ベースのKも色んなとこで弾いて、それぞれの10年が合わさって熟成されたニックバッカーズ。会ってなかった10年が信じられないくらいに、別日リハーサルからみんな曲が体に入っていて、何度も練習する必要がなく、本番はさらにかっこよくなっていてさすがでした。今回実現できたのはドラム大輔の行動力ありきで、数年前から月に一度のKと僕が出てるライブに飛び入り参加にきてくれたり、僕とおばっちゃんがライブをすれば足を運んで観にきてくれ、鍵盤大ちゃんとやれば遊びに来て、忙しいだろうにその度にジャブ程度に「ニックやろうぜ」と、可能性をそれぞれにさぐりながら動いてくれて実現に至りました。一回目のリハの後、二人で歩いて帰りながら、リハが気持ちよかったので「今回は集まれたのは大輔のおかげだね、ありがとよう」と伝えると「俺はいい歌があればどこでも叩くんだよ」と軽く言ってきたので「がんばります!」と返した。熱い男です、佐藤大輔。他のメンバーもね、みんな気持ちで音楽して、生きてる。かっこいいです。

 ニックはインザスープが動きづらくなった頃に、鍵盤の大ちゃんが「一緒になんかやろう」と大輔を呼んできてくれ、よそで見てていいギター弾くなぁと思ってたおばっちゃんを僕が誘い、Kはずっと一緒にやっていて、集まった5人。
 事務所やレコード会社から離れた頃、自分たちだけで切磋琢磨し、音源を作りライブをした。当時の歌たちからもその時の気持ちが感じられる。7年ほど活動した中で印象に残るのは、最近よくMCでも伝えていた曲「アカリ」ができた時のこと。自分で何もかも決めてここまで音楽活動をしたことがなかった僕は孤独感もありながら燃えてた。人任せにしていたことを自分でやると身の丈も知り、実感も沸いた。今思うといいことでもあり、やはり餅屋は餅屋、役割が色々あって成り立つこともあるのだなぁと思う。事務的なことの中にも色々あって、お金のこと、CDを作る時の進め方、ライブに向けての宣伝、ツアーの組み立てなど、結果自分がパンクしてしまったところは否めないが、それでも面白おかしく実感を持って活動していた。そんな最中に元いた事務所から名古屋でのライブオファーがあり、それは愛知県で開催される野外フェスのプレイベントで、今思えばフェスへのオーディションでもあった。そのライブでニックとして出演し、ライブ中におばっちゃんのギターの弦が切れた。張り替えている間に、残った我々で即興演奏がが始まり、合わせて僕も即興で歌い会場が一体になっておばっちゃんが戻り更に盛り上がった。ライブが終わるとみんないい顔をしてた。メンバーもお客さんも、元いた事務所の社長もマネージャーも関係者も。その時に僕はなんとも言えない幸福感に包まれた。ずっと胸のあたりが暖かい水でたぷんたぷんとなりながら、馬鹿話に花を咲かせた。みんなにありがとうという気持ちだった。でも、メンバーにありがとうと言うのは違う気がして、その気持ちを調子のいい馬鹿話に変えてみんなで笑ってすごした。翌日車移動で東京へ帰ってもその気持ちは続いて、やり場のない思いをギターに合わせて曲にしたのが「アカリ」だった。前にも書いてますけどね、また書きたくなりました。その時思ったのは、自分は頑張っていたんだなって事。面白おかしく過ごしていたけど、やはりどこか、また一から始めたバンドで認めてもらいたかったり、奇跡の瞬間を追い求めていたんだなという事。結果フェスにも出させてもらえたけど、何より何もないこのメンバーでそんな瞬間を刻めたことが嬉しかった。それを曲にできて、それを聴いた人からいくつかのドラマももらい、曲が旅をさせてくれてる気にもなり。ニックの日、今回のライブでまたそんな気持ちになった。
 そんな経験をして、自分に限らず、人は生活の中で心の中に本当に色んな感情を抱えながら生きてるんだなと改めて思った。必死な時は自分が頑張っているという事なんてわからない、映画「千と千尋の神隠し」で主人公の女の子があったかいおにぎりを食べた瞬間に泣きじゃくるシーンを思い出す。こわかった事、不安だったこと、かけずり回ってる時はわからない、たたかってる時はわからない。あったかいものに触れて決壊するような、どこかホッとして溢れ出す本当の気持ち。生きていれば次から次へとやってくる人生の難題、死別。それでも生きていかなきゃならない中で、決して無くならない悲しみや不安。ただ時が土を被せて埋もれさせてくれるけど、そこにあるもの。無くなって欲しいようで無くならないで欲しいような、ゆっくりと少しずつ土の栄養になっていくようなイメージ。
 知らず知らず頑張って毎日を生きて、頑張ってるつもりはなくても、面白おかしく生きてるつもりでも、きっとどこか頑張ってる。ゆっくり肥料に変えるために、生きてたらやっぱり何かとたたかってる。そんな埋もれてる色んな気持ちを、確かめたり、溢れさせたり、沈めたり、許したりと、きっとLIVEや芸術って「千と千尋」に出てくるおにぎりみたいに、気づかせて、そんな気持ちを力に変える役割もあるんだろうなと。音でそう思わせてくれるメンバーってすごいです。やれてよかったニックの日、気にかけてくれたみんな、観にきてくれた皆様、ありがとうございました。またできるように自分の歌を磨いとかなきゃです。と、今月はこの辺で。ほんとに調子に乗れない体調管理、気をつけていきましょっ、よい春を!

樹木医弟の手伝いへ

この日は公園の木を一本一本弟は診察しそれを自分が書く役目。樹皮枯死欠損など専門用語を当たり前に使う弟は気のお医者さん。かっこいいですね

しかもリーダー的な、たのもし。

めちゃくちゃ気持ちのいい日で、やってる仕事もいい事で、世の中こんなにいい仕事があるのかと思いました。体にも心にもいいお手伝い日和でした。

リハも早めに終わり10年ぶりの乾杯

人形町おにやんま

大久保海太率いるELECも凄くよかった! これはリハ風景。ずっとみてたくなりました。

佐藤大輔

田中大介

K

オバタコウジ

セッションは「シャロン」

ほんで同じ音楽シーンを共有してきた同志であります大久保海太とは、偶然にも月一くらいで共演が決まっております。

本当に次から次へと色んな音楽体験させてもろてます。音楽の神さまからのノックを受けてるごとし並行してyou two..のリハも

人形町おにやんま②

ハダカキッチンベランダより

予防グッズ



 諭介がお答え致します

■「「原島さん、ありがとう」の巻、読みました。最近こそ全然お会いしていませんでしたが、まだインザスープがデビューする前に私は会社の先輩と一緒に原島さんがボーカルだったコネクションズをよく見に行ってて、先輩と一緒に打ち上げなどでもたくさん笑った思い出があります。吉田くん同様頭をこづかれた思い出も (笑)その頃に好きなバンドを聞かれて「インザスープ」と答えていたので、ライブ会場で会うと「今日はよかったよ!」と伝えてくれることもありました。諭介さんが殴られたことは知らなかったけど、私の昔の日記におそらくその日のライブのことじゃないかという内容があって、なんだか答え合わせのような気持ちになりました。原島さんもずっと応援してくれていたんですね。今もいろんなところで歌い続けてる諭介さんのことをきっと嬉しく思ってくれてるんじゃないかと思います」
(A.T 2026/02/20 15:51)
そんな事があったのね、僕は原島さんがバンドで歌ってるとこ一度も見たことないわ、すごいね、しかも違うバンドでは大島さんがドラムだったんだね、いやはやしかも頭こづかれたとはっ、洗礼だね、その日記になんて書いてあったのか知りたいような知りたくないような、、多分あんまりよくなかったとかでしょうなぁ、すいません。それでもその頃に好きなバンド名をインザスープって伝えてくれて、今もこうして応援してくれてありがとう。

■「原島さんとの思い出で諭介さんの歴史を垣間見れて興味深く読ませていただきました。熱を持って対峙してくれる大人は心に刻まれいつまでも大切ですね。
寒波も去り次は花粉・・・という季節になりました。諭介さんもご自愛くださいね」
(あこ 2026/02/27 10:10)
→ほんとに、刻まれて、いざっという時の人との接し方やら物事の順番などの基準になってます。今の僕があるのはそんな人達からもらったものがあるからよね、財産よね、ほんでDNAになってると思う。ありがたいです。体調気をつけて乗り切りましょ花粉の波!

■「原島さんのことはもちろん存じ上げていて、ラジオっ子だった私の中ではラジオDJという印象が強い人でした。その訃報を目にした時、「えっ!」と小さく声が出ました。残念ですね。
リクエストライブ、諭介さんに愛でられた20曲全部、こちらも心で愛でながら拝聴しました。毎回とても楽しみにしています」
(夕陽 2026/02/27 22:33)
→そんなにラジオでも活躍してたなんてっ、自分的にはライブで会う人だったからラジオ局で会う原島さんが新鮮でした。リクエストライブも聴いてくれて楽しみにしてくれてありがとう!

■「「原島さん、ありがとう」の巻
人と人が繋ぐご縁、周りめぐってカタチを変えても繋がり続け、根づいていることなど…とても深いものを感じ胸が熱くなりました。

人間真摯にやり続けたり、望み続けたら近づくんでしょうね。
こういった一連の諭介さんの生きざまは、諭介さんの歌うそのままで、希望が最後には見える歌の一部のようでなんだか夢物語のようで素敵だなぁと改めて思いました✨」
(mina     2026/02/27 23:47)
→たくさんの熱をもらったあの頃、今になってはもう今の自分の方が年上で、あの時の熱を今度は誰かに伝えられてるだろうかとふと思う時があるわ、小学校6年間毎朝僕を起こしてマラソンに誘ってくれたおいちゃんとかソフトボールの監督とかも、当時はめんどくさいと思ってても後々、感謝になってありがたく思うわ。

■「リンクを貼ってくれていたyoutube全部ではないけれど拝見しました。すごい盛り上がりと迫力でした。1999年というとインザスープはデビュー前だった映像なんですね。若い!笑
原島さん私はあまり存じ上げない方ですが、今回の諭介さんのコラムで愛情を持ってバンドマン達そしてインザスープに接していた方なんだとわかり、とてもじーんとあたたかい気持ちになって読んでいました。そしてお会いしたことはないですが、ずっとインザスープそして諭介さんの歌を聴いてきている私も天国の原島さんに感謝でお祈りしました。
これから3月東京は桜の時期でしょうか。季節の変わり目、椎名桔平の日までお体も大事に過ごしてくださいね!」
(hitomi 2026/02/27 23:54)
→僕達の音楽がみんなに届くまでに本当に色んな人のチカラが合わさってぶつかって喜怒哀楽むき出しで送り届けていた事、その中の中心にいた原島さんをお伝えできてよかったなって思えました、受けとってくれてありがとう。