あたたかくなってくれるのはやっぱり嬉しい。
あたたかい春の日、いつもはいている黒いGパンを洗った。このGパンを買った時に店員さんにGパンの正しい洗い方を聞いた。すると店員さんは丁寧に教えてくれた。ついでに専用の洗剤もすすめられたので買った。
前にはいていたGパンが気にいっていたのだがやぶれかぶれになってしまい、今度はもっと丁寧により長いことはきたいとおもったので洗い方にも気をつけてみようとおもった。今までGパンの洗い方はいろいろと聞いていたが、どれが正解なのかはっきりしなかったので、どうやらGパンマスターらしきそのお店のお兄さんに聞いてみれば、お風呂に浅くお湯をため、そこに専用の洗剤を入れ、Gパンを裏返しにしてそれをはいてお湯につかり手でごしごし軽く洗う程度でいいそうで、型崩れも色落ちも防ぎ、繊維も傷つけないとのことで実際やってみたらズボンはいてお風呂入るのっておもしろいなぁとおもった。そしてそれをしぼり逆さにして干し、自分はパソコン作業などやっては時々干したGパンを見に行き、おー乾いてきた乾いてきたと向きを変えたりして、なんせ一緒にお風呂入った仲なのでなんだか愛着もひとしおで、また、春の良い天気の日、Gパンが乾いていくのを眺める時間になんだか幸福感を感じたのでありました。いいですね春、いかがおすごしか。
そう、そんなダンディーな春の日をつらつらと書きましたが、書いていて一つ気になったのが「Gパン」と言う呼び方。間違いなくそれは「Gパン」なのだが何故か違和感を感じ、なんでかなぁと思えば最近では「Gパン」のことを「デニム」と呼んだりするからじゃないかと気付いた。「デニム」と言う呼び方の出現で「Gパン」と言う呼び方が少し幼く感じてしまう、のは自分だけだろうか。と書いてその間に「ジーンズ」もいたことに気付く。いやはや「ジーンズ」とも「デニム」とも呼べないなぁ「Gパン」は「Gパン」だなぁとどうでもいいこと書きつつ、どうでもいいついでにそういえば、いつの頃からか「ズボン」のことを「パンツ」って言ったりしてませんか最近、いつからですか。自分にとってパンツとは白いブリーフ。小学校の頃はいていたグンゼのブリーフ。友達と見せ合いながらなぜか笑えたあのグンゼの。パンツオブパンツ、グンゼ。そんな絶対王者グンゼの時代がずっと続くと思っていた自分は中学になってもグンゼだったがある日、まわりのみんながトランクスに変わっていることを知った時、王者がなんだか幼稚くさく感じ、それをはいてる自分が恥ずかしくなった。
トランクスをはいている友達にどこで売ってるのか聞き、コメヤという衣服店に一緒についてきてもらった。その友達にトランクス売り場まで連れていってもらい並ぶトランクスの前に立った時、自分にとってはあれが徳永英明言うところの「思春期に少年から大人に変わる」だったのかもしれない。今思えばなんてことないことだけど、そんなことが分岐点としてずっと記憶に残ってたりするからなんてことない思春期だ。
「パンツ」という呼び名にはそんな思い出があるので服屋さんなどへ行き、「黒いズボンをさがしてるんですが」と店員さんに聞き「パンツでしたらあちらに」なんて返答あれば一旦頭の中をグンゼのパンツが横切るので笑えてもくるがやはりめんどくさい。ズボンで統一しませんか!と書いていてめんどくさいのはパンツが横切る自分の頭だなぁとも思いつつ、めんどくさいついでにパンツで思い出したが、洋風のレストランなどにいき「このパンもう一つください」と店員さんに注文し「はい、バゲットのおかわりですね」などと言われると足元を見失わないように「うん、パンね」と念をおす自分もいたりしてこれまためんどくさい。パンはパンでしょう!って、ダンディーほど遠くなにやら愚痴っぽくなってきたが、こう書いていて、自分は新しいものを受け入れる容量が少なく時間がかかるんだなぁと気付く。
新しいものと言えばパソコン。今やこの連載書くのもパソコンを使ってるが、まさか自分がこうして打てるようになるとは思わなかった。
ゲーム以外でコンピューターと初めて面と向かったのは高校時代、コンピューターの授業があった。二人ひと組で一つのコンピューターの前に座り授業をうける。そこまでは記憶にあるが何を習ったのかが記憶にない。もう初めからあきらめていたし、こんな不確かなものは自分には必要ないものだと決めつけていたんだろう。記憶にあるのはいつも横の友達とじゃれて遊んでゲラゲラ笑っていたいたことぐらい。それから時が過ぎ、どうやらパソコン時代がくるだろう雰囲気の中、真逆をいかなきゃと体は向くが、自分がラジオ番組をもたせてもらい、ちょうどリスナーからのハガキがメールに変わる時代だったか番組中にメールアドレスを読み上げなきゃならなくなった時も何度教えてもらってもスラッシュやハイフンやドットが覚えられず、「斜め斜めナニナニ横棒点!」などと半分抗う気持ちをこめても呼んでいたが、それからまた時が過ぎ、今や必要だと感じ完全に白旗を振り、曲やデータをパソコンでやり取りするようになったりして、苦手だとおもっていたものと仲良くなったりすることもあるもんですね。出遅れた分もう少し出来るようになったろうとおもうこの頃です。
思い出す話、サルの群れの中の一匹がイモを海水で洗って食べたところ、それが他のサルに広まってそれが今は当たり前になってるって話。で言えばきっと自分はみんながそうすると一応最後のほうまで食べたがらない天邪鬼派のサルだろな。どうせ食べるならはじめから食べとくべきだったかもともおもうが、新しいものが見つけられるような気もして、人、物、呼び名も生き方も自分で見つけた以外の新しいものに一旦いちいち抗うめんどくさい自分が嫌いでない。
(おわり)
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今年も霜柱を見つけては一応踏んで感触を味わいつつ、霜柱健とありそうな名前を呟く。 |
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このベンチの曲線、座り心地よし。いつかペンションのマスターになったら自分で作ってみようメモ。 |
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ライヴ3月11日 主催者物販には東北の津波で被害にあった漁師さんの奥さんが漁する網で作ったというミサンガ。 釣り好きとしては親近感湧いて思わず購入。 |
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ナカジマノブさんに誘ってもらい人間椅子のライヴへ渋谷オンエアイ-スト。 イ-ストのトイレのタイルが好き。いつかペンションのマスターになったらメモ2。 そしてはじめて聞きました人間椅子かっちょよかったです。 |
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立ち食いそばはかき揚げ。 呑むのも食べるのも立ってやるのが好きなんだろなと気付くこの頃。 |
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そして遠い夕暮れをみに近所徘徊。 画面ばかり見ていた日に目も心も落ちつきまして乾杯夕暮れカンビ-ル。 |
♦独占企画 諭介がお答え致します
■「見たいと思ってたLIVEを見れたから満足。歌ってるわーと嬉しくなった。願いは叶う!笑 」(匿名 2014年3月10日 22:38)
→またライブで会える日を。願いをかなえたい。
■「私も会いたいなと思った人に会えるんですよね。それってすごくラッキーだって思っていたけど、諭介さんもそうなんですね。意外とみんなラッキーなんですね(笑)でも、最近見たドラマの中で“自分が会わなきゃいけない人には会えるんだよ”って台詞もあって、もしかしたらそうなのかもしれないですね。今までしてきたこともこれからすることも全て、自分が望んだことなのかもって書いてあったけど、そんなふうに思える諭介さんならきっと理想の老夫婦がやっている餃子店に出会えると信じています。って、餃子だけじゃないですよね(笑)これからも自分の願ったり思ったりする方へ体を向けて歌っていてください。ちなみに諭介さんに出会えた私はすごくラッキーです☆ 」(A.T 2014年3月14日 17:03)
→なはっなはっ自分が会わなきゃいけない人かそうか、そうおもうとよりみんな一期一会大事に思えてくるね。いつもありがとう。
■「中尾さん、こんにちは。尾崎豊さんはリアルタイムで見てたけど当時の自分には重すぎて、どんな歌だったかなと「シェリー」を今回じっくり聞いてみました。苦しいくらいエネルギーに溢れてて、死にそうなくらいに純粋で驚きました。中尾さんのエッセイを通してすこぶる心に響く歌と出会えました、ありがとう。「愛される資格はあるか。決して間違っていないか」など、印象深いです。その女性はうまく笑っていましたかな? 色合いが綺麗でとても美味しそうなのに、ボンゴレ、、」
(高野 2014年3月19日 13:39)
→笑っておられたよ、不思議な人でした。シェリーさん。写真には塩分写らないものね、残念でした。その後リベンジしたけど やっぱりまだ濃いんだなぁ、やっぱりちゃんと塩抜きしないとだめね、待てないのよね、あなどれませんなアサリちゃん。
■ 「強く願えば叶う・・・私もそう信じてます。実際にいつも心に描いていたら無理っぽい願いが叶ったこともあります。
あと、普段の生活ではほぼ気にかけていなかった友人、知人を突然思い出して、「あの人どうしてるかな? 元気かな?」と思ったら偶然再会するなんてこともよくあります。
「強く願い信じていれば願いは必ず叶う。奇跡は起きる」 って私の好きな詩人も書いてました。
強く願っていたら食べ損ねた宇都宮の餃子がある日突然、諭介さんの前に現れるかも!(笑)
では、27日の更新楽しみにしてますね」(夕陽 2014年3月21日 10:34)
→そやね、一日単位でみることないね、まだまだこれから宇都宮餃子への道は途中やね。出会った暁にはこちらで報告させていただきやす。