12月、東京。いやはやさすがの師走。やらねばならぬことやってるうちにあっという間に今日はクリスマスイブ。
師走だから自分で忙しくしているのか、そうでもないのにそう感じているのか、どちらにしてもちょいとテンパリ気味のこの月、きっとあっという間に年を越し、気がつけば、「あーもう1月も半ばかぁ~」なんつっておもってるんだろうか、クリスマスを過ぎてからはジェットコースターのごとくほんとにあっという間に正月をむかえるんだろうな。そんな師走のクリスマスイブ、いかがおすごしか。
忙しいっていいなぁとおもう。なんかやってる気分にもなる。がんばってる気にもなる。でも何かとりこぼしているような気分にもなる。
思いだすのは10年以上前か、自分で望んだことだとはいえ、ちょいと容量をオーバーしていたのか、次から次へとこなすだけで精一杯の時があった。そんなある日ホテルに戻りテレビをつけ、深夜、国営放送の番組が全部終わった後、整理運動のように延々流されていた川が流れる映像を眠れるまでずっとぼ~っとみていた。そしたらなぜか胸にぐっときてしまい、川がただ流れているだけなのに洗われるような感覚になり泣けてきて、川ってすげぇーなぁって感動した。自分の中に川が流れた。それまで見てきた川、遊んだ川が頭にも流れた。透き通る川、小さな川大きな川、汚れた川、ゴムボールが流れても行けずただそこに溜まってた川、本当に川はいろんな姿を見せてくれる。いろんな姿を見せてくれ、ただそこにあり続けてくれるもの、流れ続けていてくれるものがありがたくおもえた。自分を忘れても、ふとまた思い出さしてくれる普遍的なもの、やっぱりありがたいものです。忘れては思い出し、壊しては作って自分の容量が増えていったらと、何でもやって楽しんでしまおうと、すべて歌につなげ、自分は自分の川を流していけたらとおもうこの頃です。
思い出させてくれると言えば音楽もしかり、先日、自分の持ってるCD、音源を全部整理整頓してみた、自分なりのジャンル分けを改めてやってみて、どこに何があるのかを明確にしてみた。これはここ、前だったらここだったけど今はこっちかなぁとか、どうしてこれを買ったんだっけなとか、あぁ懐かしいとか、一枚一枚手にとってはいちいちその頃聞いてた時の情景が浮かぶ。そんなCD、音源をアルバムって言うけれど、それは作り手だけのアルバムじゃなくて、それを受け取った側それぞれの情景、心や匂いも刻まれそれを思い出させてくれるアルバムにもなるんだなと改めておもった。写真のアルバムと同じように、手にとりジャケットを見るだけでその頃の自分や一緒にいた人達の顔、こんな事をおもっていたとか、自分の歴史も刻まれてる。ちょいと気になってそのCDを流してみればまたさらにその頃の自分の心象風景が広がっていく。今ある自分がどんな道を辿ってきたのか確かめるようで面白かったし、直接的に何でも映し出すわけではない分、言葉では説明しきれない風景が詰まってるっていうのは贅沢なことだなぁとおもったりもした。
そんな中でより自分を再確認できたのが日本のフォークシンガーの方々だった。
自分でも歌をつくり歌いたいと思ったきっかけは、中学の頃テレビでみた長渕剛だった。それからさかのぼり長渕剛の音楽のルーツは何だろうとなり、行きついたのが日本のフォークシンガー達だった。吉田拓郎や友部正人。またはその時代のフォークシンガー達を聞くようになり、さらに自分で歌いたくなった。さらにそこから辿ると海を越えてボブ・ディランになり、ウッディー・ガスリーになり、民謡に辿りついたが、自分はやはり日本のフォークシンガー達により影響を受けた。十代二十歳の頃、そんな先人さん達の音楽や言葉、歌に触れると自分の道が広がる気分にもなって、掘り起こしていくと時代は違うのに、何か今の自分として新しいことができそうな気分にもなった。今も辿って昔のものを聞くと、その間には時間というふるいがかかって、そこを飛び越えて届いてくる普遍性に強さを感じるし、単純にかっこよかったり、沁み込んだり、教えられたりする。そんな先人さん達から時代を超えて勝手にバトンを受け継ぐと、「よっしゃ曲でけたっ」と簡単にはなれず、自分の中のハードルみたいなものができるんだとおもう。「御先祖様に恥ずかしくないように」とか、「お天とう様に恥ずかしくないように」ってのにも似て、先人さん達がそうであったように、今の時代に、より自分は自分の歌を歌いたくなるからありがたい。
そんな先人さん達の中でもさらに今回の整理整頓で再会を果たし、すごさを再確認したのが加川良さんだった。
自分がかなり影響を受けた中の一人であったと再確認、地に足がつくような、引き戻されるような感覚。
「教訓」というアルバムでは一曲目に「青くなって 尻込みなさい 逃げなさい かくれなさい」「命を捨てて男になれと 言われたときにはふるえましょうよね」と独特な視点からの反戦歌があったかとおもえば、その5曲目には「戦争しましょう」なんて歌が入っている。どちらもシンプルなフォークソングなのに狂気すら感じるパワーがあって、はじめて聞いた時は衝撃的だった。RCサクセションの「初期のRCサクセション」というアルバムでも「この世は金さ」って曲のあとに「金もうけのために生まれてきたんじゃないぜ」って曲が並んでいる。どちらも両極端なことを歌っているが、人間て、どちらもあって、そんなもんかもなと思わされたりもするし、それをありにできるのも音楽、歌のすごいとこの一つだということ、何がいいとか悪いとかではなく、談志さん的に言えば「人間の業の肯定」、音楽にもそんな懐の深さとパワーがあること。覚悟はいるがそこでは何を言ってもいいってこと、自由の解放感、またその難しさを教えてくれたのは、自分を掘り下げ、戦い、人間の正直を歌にして見せてくれ、聞かせてくれた、そんな先人さん達だった。
そして、今回の加川良さんとの再会では、このアルバムの最後に入っている「伝道」という曲に包まれ力をもらった。自分が生まれた年ぐらいに作られた曲を、その20年後にはじめて聞いて、そのまた20年後の今になって、流行り廃りに関係なく、ホップして来てますます沁み込んできたりして。これもまた音楽、歌のすごいところの一つだなぁと再確認させてもらった。
なんてことを書きながら自分、今年はアルバムを発表できなかったので、来年は発表できたらと思う次第です。
2013年、今年もたくさんの色んな場所で歌わせてもらいました。足を運んでくれ聞きに来てくれたみんな、来れなかったけど気にかけてくれたみんな、ありがとう。
2014年、歌力を信じ、作り、広げていけたらとおもう所存ですので、また来年もライブで、この場所で、どうぞよろしくです。
更新される頃には過ぎてるだろうけれど、メリークリスマス。
そしてハバナイスニューイヤー!2014!!
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空に立っクレーン、やっぱりかっこよくて見ちゃう景色です。
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この映画、小学生の頃みて真田広幸に憧れてアクションを真似て土砂によじ登ったり、高い所から飛び降りたりした。
今思うと自分も男の子だったのだなぁとおもうも、きっと今見たらそうでもないんだろうなぁと、
かすかに残ってる憧れた気持ちが崩れてしまうのが怖くていつも借りられず。
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地元友達が撮ってくれた写真の写真
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そして大晦日はテレビ神奈川にてカウントダウン生番組にて二曲ほど歌わせてもらい、
そのまま始発で宮崎へ帰り地元テレビ宮崎にて、
なんと高校時代、相方本田誠人とやっていた漫才コンビSay-Youの復活で漫才出演、出来るのか自分。
こちらでも一曲歌わしてもらう予定。飛行機にちゃんと乗れるかも心配ですが
やはり漫才ができるかどうか…
心配でもあり楽しみでもあります。
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サンバディッツナイッ
有楽町のゴジラとクレーン |
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表街道はイルミネーション
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夕暮れみたいな朝焼け雨上がり。 |
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光と影の直線。
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今年出演させてもらったテレビ神奈川、年越しは
東京インディアンのジャケも描いてもらったこの絵の作者キンさんの番組にて出演。
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そしてクリスマスにピンポ-ンとなり、地元友達よりワインのクリスマスブレゼント、ありがとういただきやす。
ベリメリクリスマス! |
♦独占企画 諭介がお答え致します
■「ジュテームには残念ながら行けなかったので、柿の種さんがアップしたであろう(ありがとうございます)絵本朗読即興曲の動画を見ました。その時はあまり感じるものがなかったのですが、絵本を図書館で借りて読んでみて、そのあとまたインスーの動画を見たら、今度は胸にどんどん来るものがありました。良かったな。絵本そのものもいい絵本だと思いました。
今年は治療の1年でした。でも治療の合間に、中尾さんのライブに2回足を運べました。
中尾さんのライブの数の多さに助けられましたと思います。ありがとうございます」(みぃ 2013年12月7日 19:26)
今年は治療の1年でした。でも治療の合間に、中尾さんのライブに2回足を運べました。
中尾さんのライブの数の多さに助けられましたと思います。ありがとうございます」(みぃ 2013年12月7日 19:26)
→今年も気にかけてくれて、治療の合間に足をはこんでくれてありがとう。来年は歌を広めるべく、場所選ばずバカスカ今年以上にどこそこで歌いたいとおもってるので、またこれそうな時は見に来てね。よいお年を。
■「諭介さんの面倒くさいも面白い。面倒くさいと面白い。並べてみたら面の字が一緒で少し似ている気がして、なんだか宮崎さんと左官屋のおじさんの「めんどくせぇな」は、「おもしれぇな」にも聞こえてきそうです。諭介さんもここで結構長い間、文章を毎月書き続けてますが、ときどき面倒くさくなったりしますか?私としては面倒くさくはなって欲しくないけど、今月は私もちょっと面倒くさそうに読んでみたし、諭介さんが「めんどくせぇな」と言って書くのに集中しているところを想像しました。でもみんな面倒くさいことはしたくないのに、あえて自分から面倒くさくしちゃったりするのは、やっぱりそのことが楽しいからとか好きって理由があるからなんでしょうね。だから、小さなことにもこだわって自分でルール決めたりして、やり続ける人っていうのは素敵に見えるのかな。あー今年も楽しかったです。諭介さんの話は(笑)がなくても笑ってしまうので、何の問題もありません(笑) 」(A.T 2013年12月16日 17:13)
→そうなのよ、めんどくせぇなっていいながらフルで楽しんじゃってるよね、やめればいいのにやめられないもんね、この2つ漢字の似ぐわいがおもろいね。この連載もね、書き出すとその世界に入っていっておもろいんだよね、やっててよかったとおもうし。でも毎月T氏からケツを叩いてもらってからやってるけどね。そんな毎月のケツ叩きも14年目、感謝です。もう少し早くにあげれるよう心がけます。
■「左官屋のおじさんの話、面白いですね。
毎年この時期になると面倒くさいな~って思うのが、年賀状。私はなるべく電子的なものには頼らずに一枚一枚心を込めて手書きにしたい・・・そう思って書いています。
出来上がりは電子的なものには劣るし、我ながら下手だな~、向いてないな~って思うけど、相手の事を考えながら真っ白な葉書きに文字とかを乗せていくのは面倒だけど楽しい作業。毎年これが終わると一年の終わりを実感します。
諭介さんは年賀状書いていますか? 」(夕陽 2013年12月18日 10:16)
毎年この時期になると面倒くさいな~って思うのが、年賀状。私はなるべく電子的なものには頼らずに一枚一枚心を込めて手書きにしたい・・・そう思って書いています。
出来上がりは電子的なものには劣るし、我ながら下手だな~、向いてないな~って思うけど、相手の事を考えながら真っ白な葉書きに文字とかを乗せていくのは面倒だけど楽しい作業。毎年これが終わると一年の終わりを実感します。
諭介さんは年賀状書いていますか? 」(夕陽 2013年12月18日 10:16)
→書いてないのよね、ずっと。届いた年賀状に返事は書くけど。でも年々、今年は自分から書こうっておもうようになってきたわ。今年まだ書いてないけど…。いかんね不義理ばっかりで。そうやね中々会わない人ともはがきを通して面と向かえるいい機会なんだね。
今年もありがとう、よいお年を。
今年もありがとう、よいお年を。